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『原子力資料情報室通信』第406号(2008/4/1)より

JCO不当判決!原子力行政に屈した司法を許さず控訴審を闘う

海渡雄一(弁護士)・伊東良徳(弁護士)


提 訴

 2月27日午前10時、水戸地裁(志田博文裁判長)はJCO臨界事故住民健康被害訴訟について住民側の主張を全面的に退ける判決を言い渡した。
 原告である大泉ご夫妻は、1999年9月30日のJCO臨界事故の際、JCOから道路1本隔てて向かいの自ら経営する工場で何も知らずに作業をしていて被曝した。臨界事故の発生した転換試験棟から直線距離にして約130メートルの距離である。
 大泉恵子さんは事故直後激しい下痢や胃潰瘍を生じ、その後PTSD(心的外傷後ストレス障害)ないしはうつ症状となり長く寝込み、自殺未遂で入院することにもなった。
 大泉昭一さんは、臨界事故前から紅皮症という皮膚病に罹患していたが、事故前には回復していた皮膚症状が事故後悪化し、その後悪化した状態が続いた。
 お二人を原告として、2002年9月に、これらの症状は臨界事故によるショックやストレス、被曝の影響によるとして損害賠償請求訴訟を水戸地裁に提訴した。

審 理

 裁判の過程で、大泉恵子さんについては東邦医大の高橋紳吾医師が2002年6月にPTSDの診断をされ、2002年5月から主治医となられた今村洋史医師が臨床経験に即して2003年10月にPTSDであると診断され、法廷でも証言された。そして、これらの診断を受けて、事故直後の時期の主治医であった佐藤厚子医師も、これらの診断に同意されている。
 大泉昭一さんについては、主治医が臨界事故後顕著に悪化しており臨界事故によるストレスが原因と思われると証言し、紅皮症の専門家である佐藤健二医師が診察した上で臨界事故以前と以後の病状の推移を分析して臨界事故による被曝が原因と思われると証言していた。
 これに対してJCO側の反証は、一般的な文献類の他には一度として大泉さん夫婦を診察もしていない医師による意見書(恵子さんのPTSD症状については飛鳥井望医師、昭一さんの皮膚症状については古賀佑彦氏)だけで、それらの医師は裁判所での証人申請すらせず、反対尋問を回避しているという状況であった。

原告に高度の蓋然性の立証を求めた判決

 判決は結果として原告らの症状と事故との因果関係を否定して請求を棄却したが、その前提として、「訴訟上の因果関係(相当因果関係) の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差しはさまない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とする」と判示し、原告の立証は高度の蓋然性に達していないとして、因果関係を否定した。
 この判示は、東大病院ルンバール事件判決と呼ばれる(最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決)。本判決では「高度の蓋然性の証明」という点に重点が置かれているが、この判例の判断基準は、公害・医療事故訴訟などにおいては、高度の自然科学的知識が要求されるときは、公的調査機関の不備、加害者の非協力、被害者の貧困などの諸要因からして、因果関係の立証が困難であり、被害者の救済を期待し得ないので、原告の立証責任の緩和のために定立された基準なのである。判例の趣旨を曲解し、その文言だけに依拠して原告に極端に高度の立証義務を負わせた判決は明らかに誤っている。

恵子さんの症状と事故との因果関係

 判決は、恵子さんの被曝量を科学技術庁の評価に従って認定し、これだけの被曝では下痢も口内炎も起きないという論理で、現実の事故の当夜から発生した下痢と口内炎について因果関係を否定している。
 PTSDの特徴的症状として、フラッシュバックという事件当日の記憶が繰り返し再現されるという症状がある。判決は、「原告恵子は、現場付近の騒然とした雰囲気、防護服を着た人又は本件事故当日の青い空を想起することがある旨供述するにすぎず、被曝そのものに関する記憶や苦痛は特段想起されていない。」と判示する。しかし、被曝そのものは知覚することができないのは当然であり、その恐怖が当日見た衝撃的な光景として思い出されているのである。この判決の論理では、痛みを感じさせない放射線についてはPTSDは絶対に生じないと言っているようなものである。
 恵子さんが、JCOの建物が悪魔のように見えるひどい精神症状の下でも、家業を支えるために工場に通ったことについても、「本件事故による被曝を体験したという現場を再三にわたって訪問していたのであるから、上記(c)にいうような回避症状は存在しないか、比較的弱いものであったということができる。」などと判示し、また、事故以前の不眠症状を過大評価して、事故後の精神症状は「事故前の症状との連続性を認めることができ、本件事故後の症状は、事故前の症状が遷延化して生じたものとみる余地がある」などと判示する。まったく実態を見ようとしない無慈悲な官僚作文だ。
 また、恵子さんが自殺を図ったことが、事故後のPTSD症状でこれまでのような会社勤務ができなくなったためであることは明らかであるのに、「抗うつ薬を大量に服用して自殺を図るに至っているが、その理由は、何もやる気が起きないのが嫌になり、生きていても仕方がないと考えたことによるというものであるところ、このような倦怠感が本件事故ないし事故による被曝によって招来されたものと認められない」としている。そして、「原告恵子の被曝線量は健康影響を問題とされるようなものではなく、自身も本件事故直後の同11年10月2日に健康診断を受けた際に、健康上の問題はない旨伝えられ、その後、旧科学技術庁からも被曝線量の推定値が確率的影響を発生させる可能性が極めて小さい旨伝えられていたのであるから、このような独自の考え方に基づく行動についてまで、本件事故ないし事故による被曝によって招来されたものということはできない」とまで判示している。
 国が安全と言っているのだから怖がる方がまちがっているというのである。大泉恵子さんは、道路1本隔てたところで起こった臨界事故で、一般人の年間被曝限度をはるかに超える(国の算定では約7倍、阪南中央病院の算定では約40倍)被曝している。
 事故当時は、茨城県産だというだけで農産物が売れなくなるほど日本中の人々が恐怖を感じ、その風評被害として約147億円もの損害賠償が支払われているのである。
 事故現場からわずか130メートルの近距離で被曝した人がどれだけの恐怖を感じたか裁判官に想像できないのだろうか。この誤った判断を控訴審で必ず覆さなければならない。

昭一さんの症状と事故との因果関係

 この判決は大泉昭一さんについては、ストレスによる皮膚症状の悪化も、「このストレスの原因は原告恵子が健康を害したことのほか、原告昭一が、毎日のようにマスコミからの本件事故に関する取材への対応に追われ、また、本件事故後に就任した被害者の会の会長として全国的に講演を行うなどの活動に従事したことに起因して過労に陥ったことが大きく影響しているものと認められるところ、これらの対応・活動は、原告昭一が自主的な意思により行ったものであり、本件事故ないし事故による被曝に起因して通常行われるものとは想定できないものであるから、これらに起因する疲労・ストレスについてまで本件事故ないし事故による被曝により将来されたものと認めることはできない。」と判示している。
 大泉さんに取材が集中した背景には、被曝した住民のほとんどが親類縁者に原子力関係者を抱えていて発言できないという事情もあったが、一番大きな原因は事故が臨界事故という極めて稀な重大事故(世界史上でも3番目の規模の臨界事故)であり、大泉さんがJCOの直近で被曝したことにある。事故の性格と規模、位置関係を考えれば、このような事故が起これば大泉さんにマスコミが繰り返し取材攻勢をかけることは、むしろ通常予想されるところである。
 この裁判所にかかれば、大規模な臨界事故を起こしても、マスコミが騒ぐのはマスコミの方が悪くて、その取材に応じる方が悪い、それは普通の行動ではない、被害者が被害者の会を結成して立ち上がるのも普通の行動ではない、立ち上がる方が悪いとされてしまうようである。これらはすべてJCOが臨界事故というとんでもない事故を起こしたためであり、このような事故があれば市民として普通の行動ではないか。
 この裁判で最も熾烈に争われた論点の1つである大泉さんの皮膚症状についても、裁判の争点が、一般に国際放射線防護委員会(ICRP)などが出している線量のしきい値は健康な人に皮膚傷害等を生じさせる線量で、大泉昭一さんのようにすでに皮膚病(紅皮症)となっている人の皮膚を悪化させる機序と線量はわかっておらず、ずっと低いと考えられるということにあった。
 ところが、この判決は、すでに皮膚病である人を悪化させる線量についてはわかっていないという論点を無視して、健康な人に皮膚障害を生じさせる線量としていわれている数値に達していないことを理由に、事故による被曝を原因とする悪化とは認められないとしている。しかもその際に「本件事故以前からのそもそもの病態と放射線との関連が何ら明らかになっていない。」などとさえ述べている。
 原告は事故前の症状が放射線によるなどという主張はまったくしていない。まるでこの判決は事故前から放射線によって皮膚障害が生じておりそこにさらに臨界事故で被曝したから悪化したと原告が主張していたかのように、考えているようだ。裁判官は、事件の内容をよく理解しないままにこの判決を書いたのではないかと疑わざるを得ない。

東京高裁での控訴審に傍聴のご支援を!

 私たちは、これまで、原発関係の裁判で、何度も住民側の全面敗訴判決を受けてきた。しかし、私たちは、裁判官が住民側の勝訴判決を書く勇気を持てなかったためであり、その背景にはまだ被害者が出ていない事実があるのではないかと思ってきた。現に私たちが担当したケースでも、中部電力の浜岡原発等での原発労働の後白血病になって死んだ労働者の労災申請では労災認定がなされた。
 また、最近では原爆症の裁判では行政が認定しなかった原告たちに勝訴判決が相次いでいる。現実に被害者がいる訴訟で、しかもPTSDやストレスによる悪化という「被曝」そのものを理由にしなくても原告勝訴判決を書くことが書けるという道まである訴訟で、被害者を完全に切り捨てる冷酷な判決を目にするとは夢にも思わなかったのである。
 当日の記者会見の直後の訴訟を支援する会の会合で、この判決には控訴することが決まった。事件の舞台は東京高裁に移る。東海村や水戸からの支援の方々だけで法廷を埋めるのは難しい。どうか、関東一円の皆さんの傍聴支援をお願いしたい。