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原子力資料情報室通信369号(2005/3/1)より

原子力資料情報室通信369号(2005/3/1)より

セラフィールド再処理工場からの放射能放出と白血病

京都大学原子炉実験所 今中哲二

 昨年12月、多くの反対の声を無視して六ヶ所村の再処理工場がウラン試験に入った。この機会に、英国の原子力発祥の地であり世界有数の再処理工場があるセラフィールド(旧名ウィンズケール)からの放射能放出と周辺での白血病問題について振り返ってみた。

1.シースケール村での白血病多発

テレビドキュメンタリー:セラフィールド再処理工場周辺で子供の白血病が増えていると最初に報じたのは、1983年11月に英国で放送された「ウィンズケール・核の洗濯工場」というテレビドキュメンタリーだった。地元TV局が再処理工場の取材に入ったところ、敷地から3kmほどのところにあるシースケール村で子供の白血病が増えているという話を聞きつけた。シースケール村は人口約2000人で主に再処理工場労働者が住んでいる。テレビ局取材チームは、1956〜83年の間に22歳以下の白血病が7件発生していたことを確認した(表1)。その白血病発生率は、イングランド平均の10倍に相当し、テレビ報道は大きなセンセーションを引き起こした。

ブラック報告:英国保健省は、ブラック卿を委員長とする7人のメンバーからなる専門家委員会を結成して問題の調査に当たらせた。半年あまりの調査を終え、いわゆるブラック報告書1)が発表されたのは1984年の7月だった。その内容は、「シースケールでの子供の白血病発生率は明らかに大きい。しかしながら、放射能放出による被曝で予測される白血病増加は0.01〜0.1件にすぎず、セラフィールドからの放射能が白血病の原因とは考えられない」というものであった。工場からの放射能放出と被曝リスクの解析にあたったのは英国放射線防護局(NRPB)であった2)。オックスフォード大学のドレイパーらは3)、ブラック報告以降1990年までのデータにおいてもシースケール村での白血病増加が継続していることを確認している(表2)。

ガードナー論文:ブラック委員会のメンバーであったサザンプトン大学のガードナーらは、シースケール村での子供白血病増加の原因を明らかにするため、「症例・対照溯り研究」を実施した。まず、シースケール村を含む西カンブリア地方で1950〜85年に発生した25歳以下の白血病52症例と、症例とほぼ同じ環境下にあって白血病にならなかった対照例564件を選び出した。そして、症例と対照例について、医療放射線被曝歴、魚を食べる量、浜辺で遊ぶ時間といった、白血病と関連しそうなさまざまな要因の過去履歴を調べて比較したのである。1990年に英国医学雑誌(BMJ)に発表された論文4)によると、統計的な有意性が認められ白血病の原因として推測されたのは、「生まれた場所のセラフィールドからの距離」と「妊娠時に父親が再処理工場で働いていたかどうか」という要因だった。なかでも、父親が100ミリシーベルト以上の被曝歴をもっていた場合の相対危険度は6.24(95%信頼区間1.51〜25.76)という大きな値であった。
 ガードナー論文をうけて、子供が白血病やリンパ腫になった2家族が、工場所有者である原子燃料会社を相手に損害賠償裁判を起こした。1992年にはじまったその裁判は、ガードナー教授が1993年1月に死亡したこともあって、1993年10月に原告側の敗訴に終わった。疫学的に相関関係が認められても因果関係の証明にはならないとして斥けられたのだった。

その後の疫学研究:オックスフォード大学のキンレンらは、大規模産業開発にともなって建設された新興住宅地で「人口混合効果」により子供の白血病が増加しているという説を発表し、シースケールの白血病の原因も人口混合効果であると主張している5)。
 大規模な疫学研究を行なったのはニューカッスル大学のディキンソンらで、1950〜91年の間にカンブリア地方で生まれたすべての子供27万4170人(父親がセラフィールド労働者1万7319人、その他25万6851人)を対象に、25歳になるまでの白血病と非ホジキンリンパ腫を調査する「固定集団追跡調査」を実施した。固定集団調査は偏りが入りにくく、信頼度が大きいとされている。2002年に発表されたディキンソン論文6)によると、父親がセラフィールドで働いていた場合の子供の白血病リスクは、その他の集団の1.9倍で、しかも父親の被曝量とともに有意に増加していた。生まれた場所をシースケール村に限ると、相対リスクは9.2という大きな値であった。さらにディキンソンらは、キンレンらが主張する人口混合効果に関する補正をしても、相対リスクは減らなかったと述べている。
 疫学論争とは別に、欧州議会内の緑グループが結成した欧州放射線リスク委員会(ECRR)は、ストロンチウムやプルトニウムによる内部被曝が従来考えられてきたより約300倍危険であるという内容の2003年勧告7)を発表し、シースケール村での白血病の原因は再処理工場からの放射能による内部被曝であると主張している。ECRRの主張は興味深いものの、汚染や被曝に関する具体的なデータの分析が不十分であり、私の判断では仮説の域に留まっている。

2.放射能放出と被曝量

 ブラック報告は、白血病の原因が放射能放出であるためには、シースケール村の被曝量が40〜400倍ほど大きい必要があると結論している。そこで、ブラック報告が依拠しているNRPB報告を含め、セラフィールドからどれくらいの放射能が放出され被曝量評価がどのように行なわれてきたのか、これまでの文献をあたってみた。調べて驚いたのは、放射性廃液がまるでタレ流し状態で放出されていたことと、周辺の環境と住民に対する放射線モニタリングデータがほとんど見あたらなかったことである。

放射能放出:図1aは、原爆プルトニウム生産用再処理工場の操業がはじまった1952年から1990年までの液体放射能の放出量である8)。運転開始当初、高レベル廃液はタンクにためられたが中レベル以下の液体放射能はそのまま海に放出されていた。1964年には発電用原発の再処理工場が動きはじめている。1974年にセシウム137の放出が急増したのは、プールに貯蔵されていた使用済燃料の腐食が進み、その汚染水をそのまま放出したためである。図に示した全期間のセシウム137の放出量は4京1000兆ベクレル(約110万キュリー)におよび、この量はチェルノブイリ事故で爆発した原子炉から放出された量の2分の1から3分の1に相当している。一方、プルトニウムの放出量は610兆ベクレル(1万6000キュリー)で、重さにすると約27kgとなる。この量は、長崎原爆で使われたプルトニウムの約2個分である。その他の放射能を含め大変な量の放射能が、英国とアイルランドの間の狭いアイリッシュ海に放出された。1970年代後半のアイリッシュ海での魚のセシウム137濃度は1kg当り1000ベクレルを越え、海草のルテニウム106濃度は1kg当り1万ベクレルを越えていた。
 図1bは気体放射能の放出量である。原爆用プルトニウム生産炉が空気冷却であったため、最初の5年間は空気中微量成分であるアルゴン40が放射化されてできるアルゴン41の放出量が飛び抜けている。1957年のセシウム137のピーク(22兆ベクレル)は1号炉の火災事故にともなう放出である。図には示していないが、この事故によるヨウ素131の放出量は7500兆ベクレルと評価されている。この図で最も着目して頂きたいのは、「プルトニウム(ジョーンズ)」と「プルトニウム(NRPB)」の比較である。ジョーンズらの1995年論文8)のプルトニウム放出データは、1984年のNRPB報告に比べて、はじめの10年間は100〜300倍、それ以降は約10倍も大きな値である。

被曝量評価:1950年生まれで20歳になるまでシースケール村にいた人の、セラフィールドからの放出放射能による被曝は、1957年の火災事故の寄与も含めて、白血病の誘発が問題となる骨髄線量として3.5ミリレムであり、その間の自然放射線被曝の13%にすぎない、とNRPB報告は評価している。図1のような大量放射能放出データを眺めると、私の直感では信じがたいほど小さな数字である。そこで、NRPB報告を子細に読み込んでみると、評価の秘訣は被曝モデルにあることが判明した。すなわち、NRPBの評価はもっぱら、放出、拡散、沈着、移行、摂取といったプロセスをモデル化することによって得られているが、計算結果はモデルで採用するパラメータの値によって大きく変わってくる。通常は、環境モニタリングデータと比較しながら計算モデルの確かさをチェックするが、セラフィールドについては「幸いなことに」運転当初の環境モニタリングデータがほとんどなかった。NRPB報告には、シースケール村での空間線量率測定データがまったく示されていないし、モデルで用いた海産物の汚染データについても、1950年代のデータは皆無に近く、魚の汚染データはセシウム137で1963年以降、プルトニウムでは1974年以降のデータしか使われていない。
 セシウム137による内部被曝については、住民の全身計測を行なって直接測定することが最も確かな評価方法である。ブラック報告は、シースケール村の青少年112人の全身計測を実施したが大きな汚染はなかったと述べている。しかし、この全身計測はブラック委員会が出来たあとに実施されたもので、放射能放出が急減した後の段階での測定であった。セシウム137の体内半減期が約100日であることを考えると、そのデータから10年前の評価はできない。結局、ブラック報告が根拠としているNRPBの被曝量は、モデルの確かさが検証されていない評価値であった。
 そこで、最近の文献データと比較しながら1955年の気体放射能によるシースケール村での被曝を見積もってみよう。ジョーンズらの1991年の論文9)によると、1988年のアルゴン41とプルトニウム等(アメリシウム241を含む)の気体放出にともなう被曝は、それぞれ55マイクロシーベルトと5.6マイクロシーベルトとされている。図1bのデータから、1988年のアルゴン41とプルトニウム等の放出は、それぞれ2400兆ベクレルと6億ベクレルである。1955年のそれぞれの放出量は、50京ベクレルと4400億ベクレル(ジョーンズ)であるから、単純な比例計算により1955年の被曝は、アルゴン41により11.5ミリシーベルト、プルトニウム等により4.1ミリシーベルト、合計で15.6ミリシーベルトとなる。一方、NRPB報告の1955年の被曝量は、すべての気体放射能、液体放射能を含め0.3ミリシーベルトである。すなわち、ジョーンズらの論文データに基づくなら、アルゴン41とプルトニウム等の気体放出だけでNRPB報告の50倍となった。
 液体放射能による被曝についても、海産物の摂取パラメータを変えるだけで被曝量が30〜100倍違ってくることはNRPB報告自身が認めている。
 シースケール村の子供たちの本当の被曝量が、ブラック報告で考えられた値より50〜100倍大きかったとしても不思議はないと言えよう。汚染レベルのバラツキ、生活習慣や体質の違いなどを考えるなら、さらに10倍大きな被曝をうけた人がいたかも知れない。結論として、シースケール村の白血病の原因は、セラフィールドから放出された放射能であると考えておくのが、もっとも素直な判断であろう。

1) Black, Investigation of the possible increased incidence of cancer in West Cumbria, HMSO 1984.  2) NRPB-R171, 1984.  3) Draper, BMJ 306 p89, 1993  4) Gardner, BMJ 300 p423, 1990.  5) Kinlen, BMJ 310 p763, 1995.
6) Dikinson, Int. J. Cancer 99 p437, 2002 (本誌339号参照).
7)本誌360号参照. 8)Jones, IAEA STI/PUB/971, 1995.
9) Jones, Radiat. Prot. Dosim. 36 p199, 1991.





図1 セラフィールドからの放射能放出(1952〜1990)
(a);液体放出、(b)気体放出、プルトニウム(NRPB)は文献2で、それ以外は8、アルゴン41の放射能量は1万分の1にして示してある。
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