杜撰さが明らかになった安全委の臨界事故調査
『週刊金曜日』No.354(2001/3/9)
※「アンテナ」欄
「裏づけは弱くても、早く答えを出すことが必要。事故調査報告書というよりも事故の対策を示したものと理解するのがいいのではないか」――二月二四日に開かれた第二回「地方原子力安全委員会」の中のジェー・シー・オー(JCO)臨界事故に関する討論で松浦祥次郎・原子力安全委員長はこう述べた。原子力安全委員会(以下、安全委)の「ウラン加工工場臨界事故調査委員会」が事実究明が不十分なままわずか三ヶ月で最終報告書を出したことへの見解を問われた答えがこれであった。
この場は原子力資料情報室と原水爆禁止日本国民会議が組織した「JCO臨界事故総合評価会議」と安全委との対論として設定され(本誌351号〔二月一六日〕金曜アンテナ参照)、松浦委員長をはじめ五人の原子力安全委員全員が公開の討論の席についた。
「評価会議」は、臨界を引き起こしたウランの投入量の厳密な値や転換試験棟の安全審査の実態などを次々に問いかけたが、安全委は報告書の記述の根拠を十分に答えないことが多く、問い自体の重要性を解さない場合もあった。特に過去の安全審査の実態は、安全委自体の事故責任にかかわる事柄であるが、報告書同様に、この討論においても自らのあり方にメスを入れて検証する姿勢は見られなかった。そして次第に「報告書の内容にどう影響するのか」という居直りを見せ、「報告書は調査でなく対策用」と各委員が異口同音に述べるに至った。
しかし原因究明ができないまま、どんな再発防止対策を行なうというのか?不十分なら、なぜ調査をやり直さないのだろうか?
また事故調査委員(当時)で、その後、安全委に入った須田信英委員は、事故の起きた一九九九年年末までにとにかく報告書をまとめるよう「誰かに言われて」非常に強い圧力のもとで事故調の作業をしたと証言した。報告書は原因究明も二の次で、年内の幕引きを最優先して出されたことが明らかとなったのである。
安全委には、この場で積み残した事柄への回答とあわせ、今後もより開かれた討論の場に参加するようぜひ求めていきたい。
(原子力資料情報室 藤野聡)
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