【原子力資料情報室声明】 データにもとづく政策提言のすすめ ―経団連 電力システム提言の問題点―

データにもとづく政策提言のすすめ
―経団連 電力システム提言の問題点―

2019年7月8日

NPO法人原子力資料情報室

 

今日、企業が客観的なデータを用いず、勘と経験、先入観だけに頼って経営判断を行うことはあり得ない。しかし、企業の政策提言においては、勘や先入観、そして企業の利害関係を反映した主観的なデータに基づくものが跋扈している。この4月に日本最大の企業団体である日本経済団体連合会(経団連)が発表した提言「日本を支える電力システムを再構築する―Society 5.0実現に向けた電力政策―」は、この残念な状況を反映するものだ。

残念ポイント1 事実無視

  • もともと日本の電気は高かった

冒頭で、原発の停止、化石燃料依存、再生可能エネルギーの増加によって、日本の電気料金は相対的に割高になっていると述べる。しかし、図に示す通り、実際には、東電福島第一原発事故以前から、国際的に日本の電力料金は高かった。また全体としても世界の電力料金は上昇傾向にある。

むしろ着目すべきは、日本において原発が電源構成比で最大(34%)となっていた2000年頃、日本の電力価格は世界的にも高かったということだ。また、韓国・フランスなど原発を積極的に推進してきた国々においても電力価格は2005年から2017年にかけて顕著に上昇している。原発は比較的燃料費が安く、市場の価格変動に左右されにくい点もメリットとされているが、電力供給に占める原発比率が80%のフランスでさえ、この間、電力価格が3.4倍に増加している。福島第一原発事故だけで電気料金が高くなったとは言えない。

図1 電力料金比較(産業用、税込み、英DECC資料を抜粋

 

図2 電源別発受電電力量の推移(電気事業連合会

  • 少子化、需要低迷の中で設備投資を拡大せよ?

また本提言は、東日本大震災以降の電力システムの変革の中で、電気事業への投資は停滞せざるを得ない環境に置かれているとも指摘する。しかし、統計資料を見ると、電気事業関連の設備投資が下落局面にあったのは、規制緩和や内外価格差是正の観点から、電力市場が一部自由化された1990年代後半から2000年代前半だったことがわかる。その後は、2兆円近辺で推移している。資料からは、東電福島第一原発事故もその傾向にそれほど影響を与えていないことがわかる。

図3 電気事業関連の設備投資推移(法人企業統計、原子力産業協会原子力発電に係る産業動向調査報告書を抜粋)

人口縮小社会において、過大なインフラ投資は避けなければならないことは言を俟たない。また、電力消費量についても今後大幅に増加することは想定しにくい。つまり、現在問われるべきは、いかに電力インフラへの過大な設備投資を避けながら、安定供給を図るかである。むしろ現状の設備投資額の適正な配分こそが求められる。

図4 日本の人口推移予測(2019年版高齢化白書より)

残念ポイント2 恣意的な事実提示

提言は2018年9月の北海道胆振東部地震において、道内の系統周波数の変動に伴って多くの風力が発電を停止したことを指摘したうえで、連系線へ接続する際のルール―たとえば、周波数変動への対応や、調整力の具備などを含む―の整備を提言する。確かにこの地震では周波数変動によって風力が発電を停止した。しかし風力だけでなく、ベースロードとされている水力も送電線事故によって発生した周波数変動で停止していたことは指摘されていない。

「平成30年北海道胆振東部地震に伴う大規模停電に関する検証委員会」は最終報告で、この停電が「苫東厚真発電所1、2、4号機の停止及び地震による狩勝幹線他2線路(送電線4回線)の事故による水力発電の停止の複合要因」により発生した、と取りまとめている。

火力も地震起因で、また水力も周波数低下により停止しうる。原発も、地震などで緊急に停止する。さらに原発は、一つの問題が水平展開されることで多くの原発が停止することになるリスクも抱えている。例えば2002年、東京電力が原発でのトラブルを隠ぺいしていた件で東電の保有する原発をすべて停止させる必要が生じた。東電福島第一原発事故後の新規制基準への適合性審査などにより、すべての原発が止まったこともある。安定供給の重要性を繰り返し主張するのであれば、むしろ「ベースロード電源」の不安定さを克服する手段をまずは提言するべきだ。

また、風力の問題点と、その対応策を列記しているが、むしろ風力は大規模電源脱落による周波数低下時、出力を上げることで周波数回復に寄与できることもわかっている。一部の問題点を強調するのは、恣意的な情報選択であるといえる。

残念ポイント3 見たくない現実は見ない

 本提言は原子力政策が不安定だと述べ、原発再稼働に向けた取り組み強化と、原発新増設・リプレースを政策に位置付けるべきだという。そして社会信頼の醸成、原子力利用のリスクと便益を「率直かつ丁寧に説明し、広く理解を求める」べきだという。

しかし、データは国民が原子力利用を「理解」しないことを強く示唆している。長年、原子力文化財団が実施している「原子力に関する世論調査」によれば、東京電力福島第一原発事故以降、回答に占める原子力廃止の比率は常に6割以上を占めている。大手メディアが折々に実施する世論調査も同様の結果を示している。この間、政府・業界は精力的に原子力利用推進にむけた理解活動を進めてきたが、効果があまりないことを如実に示すものだ。

図4 原子力に関する世論調査 問8-1の推移

また提言は、原発再稼働に向け多額のコストが費やされており、にもかかわらず、再稼働が進まないことで、電力供給構造を不安定になっているとも主張する。しかし、国民国家において、政策には当然、国民の支持という裏付けが必要だ。企業活動も、そうした前提があって初めて成り立つ。国民の支持がないことを知ったうえで政策を推進・支持してきた当事者が、国民理解がないから、再稼働が進まず、電力の安定供給に支障が生じると主張するのは、主客が転倒した主張といわざるを得ない。

国民世論、新規制基準対応などから、原発再稼働が容易でないことは客観的に明らかだった。にもかかわらず、それを無視して、巨額の投資を行ってきたのは原子力事業者の経営判断だ。その判断が間違いで、予想していたほど再稼働は容易ではなかったというのであれば、それも含めて私企業の経営責任の問題ではないか。電力という公共財を人質にとり、国の関与を要求するようなことはあってはならない。

まとめ

すでにみたとおり、電力に対する投資額は2011年以前と以後で大きな変化は見られない。一方、脱原発という国民世論は変化が見られない。国民支持が得られない原発という電源にいつまでも固執して、巨額の資金と8年もの貴重な時間を浪費してきたのが国と原子力関連産業界であった。

原子力はマーケティングの問題ではない。東電福島第一原発事故は、その進展いかんによっては、東京圏を含め2900万人が避難を迫られる恐れもあった。南海トラフ巨大地震で想定されている最大の被害でも避難者数は950万人、損害額は220兆円である。どれほどの損害が発生するか想像に難くない。2011年3月、日本は滅亡の縁にしがみついていたのだ。そのことを人々は忘れない。

経団連も、脱原発を所与の前提として、受け入れるべきだ。その前提のないエネルギー政策提言はどのようなものも、空理空論にすぎない。

以上