プルトニウム被曝事故 ―原子力機構大洗研究開発センター燃料研究棟でプルトニウム飛散―

『原子力資料情報室通信』第517号(2017/7/1)より

プルトニウム被曝事故
―原子力機構大洗研究開発センター燃料研究棟でプルトニウム飛散―

6月6日の午前11時15分ごろ、日本原子力研究開発機構大洗開発センター(以下機構、センター)の燃料研究棟の分析室(108号室・管理区域)でプルトニウム汚染事故が起きた(写真、図参照)。プルトニウムを含む核燃料物質が入った貯蔵容器(1991年以来26年間未開封)をフードH-1内で点検作業中、容器の6個のボルトの4個をはずすと蓋が浮き上がり、すべてのボルトをはずした瞬間、中のビニールバッグが破裂した(図1参照)。主作業員は「お腹に風圧を感じた」と証言している。半面マスクを着用して作業していた5人が自身らでα線表面汚染検査計で測定し、全員の汚染を確認した。
事故の経過や原因、作業員の被曝状況などについては不明なことばかりだが、現時点で明らかになっている事柄と問題について報告する。原子力規制委員会の指示によって、機構の「報告書」が約1ヶ月後を目処に公表される予定である。

【燃料研究棟全景】(写真:原子力研究開発機構)

【事故が起きた108号室(一番奥が事故が起きたフード、右手前がグローブボックス)】

(写真:原子力研究開発機構)

(図:原子力研究開発機構資料をもとに筆者作成)

プルトニウムの飛散発生
原子力機構、原子力規制委員会、報道等から公表された事項を中心に、事故経過(表1)を整理した。
108号室の床には、複数の黒い塊が飛散し、最大55ベクレル/cm2が検出されている。施設管理統括者がグリーンハウス(汚染区域から退出の際に検査・除染などを実施する仮の囲い)の設置を指示したのが11時54分で、設置の完了が14時29分と報告されており、作業員5名のグリーンハウスへの退出開始は事故発生から3時間以上も経っている。設置の遅れについて、機構は「燃料研究棟の主な作業員が当該作業に従事しており、他の職員等は核燃料物質の安定化処理に従事していたため(持ち場を離れることができなかった)」と原子力規制庁に説明している。
グリーンハウス内での鼻腔内の汚染検査(鼻スミヤ)の結果、最大で24ベクレル(α線)を検出したのをはじめ、3人の鼻腔内で汚染がみつかった。
作業員5人の管理区域内からの退域が完了したのは18時55分である。鼻腔内からα放射体が検出されプルトニウムを吸入した可能性が高いため、5人はその後、東海村にある核燃料サイクル工学研究所に搬送され、肺モニタによって肺内のプルトニウムの測定がおこなわれた。肺モニタは、体の外から肺内にあるプルトニウム239が出す弱いX線やアメリシウム241が出すガンマ線を検出しようとするものだが、検出感度はあまりよくない。原子力機構による測定結果は表2に示すとおりで、もし検出されれば1万ベクレル以上になるという程度のものである。作業員は20~50代の男性で、機構職員2名、派遣職員1名、請負2名で、鼻スミヤで24ベクレルが検出されたのは主作業をおこなった機構職員である。

図1:フード(H-1)と貯蔵容器(1010)

作業員の被曝評価の迷走
原子力機構は、事故発生から0.4日後(9.6時間後)に検出された22,000ベクレルのプルトニウム239が肺に残留(沈着)したすべての量である、と仮定しておこなった実効線量(50年の預託線量)の結果を示している。その際のパラメータとして次を想定している:
・0.4日後の肺への残留割合:6.06×10-2
(摂取量あたりの残留量)
・実効線量係数:3.2×10-5 [Sv/Bq]
(Pu-239の不溶性の酸化物以外の化合物の値)
これから、摂取量は、
22,000 [Bq] / 6.06×10-2 = 3.6 ×105 [Bq]
となり、実効線量を、
3.6 × 105 [Bq] × 3.2×10-5 [Sv/Bq] =12 [Sv]
と推定し、今回吸い込んだプルトニウムによる最大の被曝線量を12シーベルトとしている。
貯蔵容器内に入っている物質については、原子力機構は6月8日の規制庁への説明、および、6月15日の「続報4」において、「高速炉燃料の開発のための試験等に用いたPu酸化物、U酸化物、その他」であるとしており、貯蔵されている内容物が「核燃料物質全量の金属重量換算で、Pu、Uがそれぞれ26.9%、73.1%であることは確認できている」が、それ以外の組成、成分を調査中としながらも、「核不拡散上からも現状は公開を差し控えたい」といっている。
燃料研究棟(1974年竣工)はウラン・プルトニウム混合炭化物燃料や窒化物燃料、高速炉用金属燃料など新型燃料の製造および物性研究等を目的とした施設だ。報道されている放射線分解によるガス生成の原因物質は、これらのプルトニウム化合物を含んだものがエポキシ系接着剤などで固めたりして保管されていたものと考えられる(施設は2013年に廃止の方針が決定されている)。

プルトニウムの内部被曝をした可能性が高い5人の作業員は、6月7日に放射線医学総合研究所に入院し、除染後、肺モニタによる測定がおこなわれた。放医研でおこなわれた肺モニタによる測定では、いずれの作業員からもプルトニウムは検出されなかった(アメリシウムは検出されたという)。同時に排泄物からプルトニウムを検出するための検査もすすめられている。
肺モニタによる検査でプルトニウムが検出されず、身体の汚染もみられなくなったことから、5人の作業員は6月13日に放医研を退院した。放医研は退院後の6月16日に採血のために作業員5人に面会し、全員の尿からプルトニウムが検出されたことを伝え、再入院をすすめた。検出されたプルトニウムなどの量はあきらかにされていない。6月18日までに、5人全員が放医研に再入院し、キレート剤の投与などがおこなわれている。

機構は、「作業でビニールが破れると想定していなかった」、したがって作業は密閉したグローブボックスでなくフードを使用したと説明している。しかしプルトニウムという特殊な物質を扱う作業は、通常グローブボックスを使用するのが常識であり、なぜこのような作業方法が採用されたのか、疑問はつきない。

核燃料物質の長期不適切保管
この作業が実施された大きな理由は、昨年の保安検査によってはじめて明らかになった問題だ。
2016年(平成28 年)度第3四半期に実施された機構の原子力科学研究所(東海村)に対する保安検査において、核燃料物質が保安規定に定める区分によらず、長期間にわたって使用中と称してセルやグローブボックス等に保管されていたことが明らかになった。この結果を踏まえ、原子力規制庁が機構の他事業所をはじめ、他事業者にも同様の違反の可能性があるとして、保管検査等で確認をおこなった。
2017年2月の原子力規制庁の資料によれば、核燃料物質の長期不適切保管をおこなっていた事業者は、核燃料サイクル工学研究所、原子力科学研究所、大洗開発センター(北地区)、大洗開発センター(南地区)、人形峠環境技術センター(以上原子力機構)のほか、日本原燃(再処理事業所)、ニュークリア・デベロップメント株式会社、六ヶ所保障措置センター(核物質管理センター)など、再処理事業、加工事業、使用者の計10施設に及んでいた。この中で、圧倒的に件数が多く(大量)、期間が長い(最長36年)のが核燃料物質の使用施設として認可されている機構の各事業所だった。問題は機構の各事業所における核燃料物質の不適切長期保管をどうするのか、ということになった。

使用施設はリスクが小さい?
これら施設について規制庁は、「保安規定に定める区分(使用・貯蔵・廃棄)に応じた管理が厳格におこなわれていなかった」と指摘する一方、「実態としては、保安規定上の使用施設であるセル、グローブボックス、フード等に保管されており、放射性物質の量・種類等を考慮すればリスクの高い状況での保管ではなかった。また、保障措置上の管理も適切に行われていた」、「事業者は、…中略…、核燃料物質を保安規定に応じた使用、貯蔵、廃棄を実施するための作業計画(是正措置計画)を策定し、是正措置計画に基づき順次作業を実施している」として、不適切な管理に深い理解を示し、各事業者の今後の是正努力に全面的に期待している。
そして、「保安規定履行の不徹底については、核燃料物質を保安規定上の使用施設において長期間保管することに対して従来規制当局が保安規定不履行であるとの考えを示していなかったこと、事業者が合理的な期間内で是正措置を講じようとしていることを考慮して、指摘事項として改善を求めることとしたい」と、ことを穏便に収めるという対応を示した。この背景には、核燃料施設でも使用施設など重大事故等対処施設を要しないものは「有するリスクが小さい」、という規制委員会的“安全神話”が基本にあり、保安検査も原子力発電所等とは違う対応でよしとする判断があった。
長期不適切保管について、原子力安全委員会~原子力安全・保安院~原子力規制委員会という一連の「出直し」安全規制組織が、30年以上の長期間に渡ってどの組織も何も公に指摘しなかった、もしくは知っていたが知らない振りをしてきた。規制組織自らの怠慢やそれを隠したいという保身意識、事業者が急いで対応すれば大きな問題ではない、というプルトニウムや核燃料物質に対する安直な対応が、今回の事故の遠因ではないのか。

図2:燃料研究棟平面図

「燃料研究棟」の保安規定違反の実態
規制庁に提出された機構(大洗研究センター)からの資料等によれば、使用中と称してセル・グローブボックス等に保管されていた使用していない核燃料物質は、「燃料研究棟」:101試料(最長25年以上)、「照射燃料試験施設(AGF)」:827試料、「照射燃料集合体試験施設(FMF)」:1,279試料で、最長36年である。
「燃料研究棟」の不適切保管核燃料物質のうち、今後貯蔵するものが固体95、廃棄するものは液体6となっており、他施設も含めてほとんどが貯蔵するべきものだ。機構は、1)現行許可の既施設に貯蔵又は廃棄、2)現行許可で処理を実施し、既施設に貯蔵又は廃棄、3)保安規定を変更し保管場所となっているセルなどを貯蔵施設とする、という改善計画をまとめている。燃料研究棟では、1)の固体試料(77試料)について2017年1月から作業を開始し6月末までに貯蔵する、としていた。規制庁は作業について、「安全確保最優先で行うこと、その際、無駄な投資をしないこと、できるだけ早く行うことが重要」と機構に伝えている。
6月6日におこなわれた作業は、この計画に基づいて実施されていた点検作業で、何が入っているかよく分からない容器内に、余分なスペースがないか、確認するものだった。規制庁に再三「早急な実施」を指示された機構が、安全確保を最優先としなかったことは確実である。

ビニールバッグは膨れる
さらに問題なのは、この事故以前から貯蔵容器内のビニールバッグが膨れるという事象が機構内で確認されていたことだ。長期不適切保管問題の是正処置計画を機構が規制庁に報告する際(2017/1)、プルトニウム燃料第一開発室(核燃料サイクル工学研究所内)で、グローブボックスに長期保管中の核燃料物質(ステンレス製缶)を密封したビニールバッグに「わずかにバッグの膨れが認められ」、「膨れは含有する有機物の放射線分解ガスによると考えられる」旨、規制委員会に説明がおこなわれていた。プルトニウム燃料第一開発室では、マニュアル「ビニルバッグで包蔵し、貯蔵されている核燃料物質のビニルバッグの点検」に基づき、全数について年1回定期的に点検が実施されていた。このような“不適切な”マニュアルが存在すること自体驚くべきことで、機構内で保安規定違反の核燃料物質長期保管が常態化していたことは明らかである。
さらにこの「膨れ」について機構内で検討がおこなわれ、「その結果と資料を機構大で情報共有した(大洗を含む関係各拠点の安全管理部署を通して周知)」というのだ。これが燃料研究棟の今回の作業にまったく活かされなかった。

(上澤千尋、澤井正子)

 

【参考資料】
日本原子力研究機構、大洗研究開発センター燃料研究棟における汚染について
www.jaea.go.jp/04/o-arai/PFRF/
原子力規制委員会、第61回、資料2 平成28年度第3四半期の保安検査の実施状況について、2017年2月15日
www.nsr.go.jp/data/000179363.pdf
原子力規制庁、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 核燃料サイクル工学センター、大洗研究開発センター及び人形峠環境技術センターにおける核燃料物質の不適切な管理の改善計画に係る面談、2017年1月10日
www.nsr.go.jp/data/000176297.pdf www.nsr.go.jp/data/000176295.pdf
原子力規制庁、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構人形峠環境技術センター及び大洗研究開発センター(北地区及び南地区)における保安規定の遵守状況の調査にて確認した事項に係る面談、2016年12月26日
www.nsr.go.jp/data/000175238.pdf www.nsr.go.jp/data/000175240.pdf www.nsr.go.jp/data/000175239.pdf
放医研、日本原子力研究開発機構被ばく作業員の受け入れについて
www.qst.go.jp/information/itemid034-002360.html