原発作業員の緊急作業時の被ばく限度を緩和  緩和より厳しい運転管理を!

 『原子力資料情報室通信』第496号(2015/10/1)より

 

 原子力規制委員会は緊急作業時被ばく限度をそれまでの100ミリシーベルト(mSv)から250mSvへ緩和することを決定した。同時に緊急時対応を行った労働者が継続して仕事ができる措置を決定した(15年8月5日)。この緩和は、労働者の被ばく管理を管轄する厚生労働省も連動して導入した。来年4月からの施行としている。労働者の被ばくを管理する法律は、原子力規制委員会が管轄する原子炉等規制法1)と厚生労働省が管轄する電離放射線障害防止規則2)である。両法律とも同様の内容の変更なので、ここでは両法併せて、緩和の根拠を問いながら、制度措置の必要性を検討する。


 

 〈緩和はそもそもダメ〉

 福島原発事故が起きたとき、収束作業にあたった労働者の被ばく線量は100mSvを超えた。2011年3月14日に「やむを得ない緊急の場合」として250mSvに緩和して対応した経緯がある。簡単に言えば、今回の緩和は前例に合わせて基準を変えるものだ。従来の限度基準は残っていて、100mSvと250mSvの2段構えになった。
 これでは、福島事故レベルの事故が再び起こることを容認していることになる。新しい規制基準が施行されて(13年7月)重大事故対応などが基準に組み入れられた。電力各社はこの対応で、規制委員会が安全目標としている重大事故リスクを十分に下回ることを計算上主張している。この流れからすれば、250mSvへ緩和する必要性はどこにもない。また、原子力学会は大飯原発の運転差し止め判決を「重大事故対策および事故時対策を適切におこなえば、福島第一原子力発電所事故の再発防止は可能」だと批判している。規制委員会としては事業者に事故時対策を適切に行うことを求めるのが本来の姿で、被ばく限度を緩和することは本末転倒といえる。
 たとえ基準を緩和しても、緊急作業で250mSvを超える場合も考えられる。規制委員会はその場合は「国際的な参考レベルを考慮する」と、さらに高い被ばくを容認できる余地を残している。これらの点を考慮してもわざわざ緩和すべきでなかった。むしろ緩和することによって、工学的な重大事故対策がおろそかになるのではないか。
 被ばく限度緩和に反対する市民グループ「被ばく反対キャンペーン」とともに当情報室も署名を集め、省庁交渉に参加してきた。その主張のひとつは、「再稼働するな」である。公衆の被ばくも労働者の被ばくも避けることができる。

〈緊急作業とは〉

 緊急事態に対処する作業のことだが、緊急事態は原子力災害特別措置法で定義されている。すなわち「原子炉の運転等により放射性物質又は放射線が異常な水準で原子力事業所外へ放出された事態をいう」。ところが、その恐れがある事態でも緊急作業として250mSvを容認している。労働者に大量被ばくの犠牲を強いるのだから、この犠牲によって公衆あるいは他の労働者の重篤な急性障害を避けられることが明白でなくてはならない。他の手段で同様の効果が得られる場合には、労働者に大量被ばくの犠牲を強いるべきではない。導入された緩和策は、従来100mSvで管理していた事業者の事故時の通報基準の中からより深刻そうなものを抽出した形になっている。それ以外は100mSvが限度となる。例えば、加圧水型原発で「原子炉停止中に全ての残留熱除去系ポンプの機能が喪失」したとの通報があった場合には250mSvを限度とする緊急作業が可能となる。
 なお、厚生労働省は250mSvの許容を「特例緊急作業」と呼んで用語上の区別をおこなっているが、内容は原子力規制委員会と変わらない。
 事故通報によって設置された原子力災害対策本部で、総理大臣、原子力規制委員会委員長(副本部長)や厚生労働大臣らが、公衆の保護と当該労働者保護というぎりぎりの選択ができるのか、疑問が残る。
 具体的な対象者は、すべての原子力施設の労働者、核燃料輸送に携わる労働者と緊急時に現地で規制にあたる原子力規制庁の職員(国家公務員3))などである。

〈緊急作業労働者の限定〉

 250mSvを限度とする緊急作業が誰でもおこなえる制度にはなっていない。必要な訓練を受け、被ばくにかんする情報が伝えられ、あらかじめ本人の意思が確認された放射線従事者に限るとしている。厚生労働省はもう少し厳密な運用を決めていて、原災法に規定する原子力防災要員、原子力防災管理者又は副原子力防災管理者に限り、これ以外の者については、「特例緊急作業に従事させてはならない」としている。100mSvの場合にはこのような限定はない。

〈250mSvの根拠は?〉

 100mSvを導入した時にはそれなりの根拠があったはずだ。20年ほど前のことで、推察するに、100mSvが確定的影響(あるいは急性障害)のしきい値とされていたことから、これを与えない範囲として選択されたのではないか。今回の緩和議論の中で、その考え方との比較検討された形跡がなさそうだ。
 今回は、免疫力の低下をもたらすリンパ球の減少あるいは造血組織の減少が250~600ミリグレイ(mGy)程度のどこかにしきい値があるけど、特定できないので低い250mGyを採用したと、もっともらしい根拠を示している。これを持ち出すのは、免疫力の低下を避ける意味からだ。なお、吸収線量のmGyと被ばく線量のmSvは少しことなるが、ガンマ線に関しては同様として、規制上は被ばく線量4)で管理している。
 政府との交渉では、250mSv以下でも急性障害の影響が見られると、根拠論文を示してつよく主張したが、彼らは受け入れなかった。福島原発事故は250mSvで収束できた、ICRPはもっとゆるい基準を勧告している(500mSv)から安全側の判断だと繰り返すばかりだった。
 リンパ球の減少については2000年代の論文が紹介されているが、造血組織に関する根拠論文は50~60年代のものが多く、当時の被ばく線量の推定方法など検討しておくべき多くの点が検討されていないようだ。それにしても、免疫力低下さえ抑制できればよいとする考えは労働者保護の考えから妥当とはいえない。他の急性障害やガンなどの確定的影響についても検討・考慮して、それなりの対応策を準備しておくべきだ。この点が抜けているのは以下の点から明瞭だ。

〈緊急作業をした労働者の扱い〉

 通常の被ばく限度は年間50mSv以内、5年間に100mSv以内となっている。現行制度のままでは、緊急作業に従事して、例えば250mSv被ばくした場合には、少なくとも向こう10年間は、100mSv被ばくした場合には向こう5年間は被ばく作業できないことになる。緩和策は生涯線量を持ち出して継続して従事できるようにした。
 今のところ、福島第一原発に働く労働者が対象となっているが、他の原発で事故が起き緊急作業が必要となった場合には適用される。
 これは労働者が50年間従事する場合に合計は1000mSvとなるから、これを参考に残存被ばく可能量を算出する方法だ。背景には被ばく労働以外に仕事がない重層的な雇用構造があると推察される。
 そうとはいえ、労働者保護の観点から緩和策を導入するべきでなく、被ばく労働以外の救済策を考えるのが政府の役割だ。
(伴英幸)

 

1)正式名称は、核原料物質、核燃料物質および原子炉の規制に関する法律、変更されるのは施行令と告示。
2)略称は電離則。変更されるのは電離則と告示。なお、上位の法律は労働安全衛生法である。
3)これに関する人事院規則も変更される。
4)正確な表現は実行線量だが、ここでは被ばく線量で統一した。

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