原子力発電所周辺で小児白血病が高率で発症―ドイツ・連邦放射線防護庁の疫学調査報告

原子力発電所周辺で小児白血病が高率で発症
―ドイツ・連邦放射線防護庁の疫学調査報告―

『原子力資料情報室通信』405号(2008/3/1)より

澤井正子

 2007年12月、ドイツの環境省(連邦環境・自然保護・原子力安全省)と連邦放射線防護庁は、「通常運転されている原子力発電所周辺5km圏内で小児白血病が高率で発症している」という内容の調査研究(以下 『KiKK研究』)【1】の成果を公表した。ヴォルフラム・クーニック放射線防護庁長官は調査結果について、「原発周辺では放出放射能に起因して健康上何らかの影響があるのではないか、という問題が30年以上議論されてきた。この『KiKK研究』は疫学研究としてより詳しい内容に富む新たな出発点であり、この問いへの回答を決定的に前進させる意味をもっている」と述べている。長い間議論されてきた原発周辺での「がん多発」という問題を科学的に裏付けた調査結果は、ドイツ国内で大変大きな反響を生んだ。発表直後の放射線防護庁のホームページでは、冷静な議論を呼びかけるコメントが公表されるほどだった。というのもこの『KiKK研究』では、高率のがん発症と原発の放出放射能との関連については直接調査されておらず、今後の研究に委ねられているためだ。

第1、第2の調査研究

 原子力発電所や核施設周辺で小児がんが高率で発症しているのではないかという研究報告や議論は、今までにいくつか報告されている。例えば1987年と1989年には、イングランドとウエールズの核施設の周辺10マイル(16km)圏において小児白血病が統計的に有意な高い頻度で発症している、という英国の研究がある【2】。「ドイツ小児がん登録機関(以下小児がん登録)」【3】は、1980年から1990年までのデータをもとに、原発から5km、10km、15km圏の15歳以下の子どものがん発症頻度を観察する生態学的研究【4】を実施した(第1研究)。1992年に公表された報告では、原発から5km以内の5歳未満の子どもの小児白血病の発症率が統計的に有意に高かった(相対危険度:3.01)【5】
 この研究結果が社会的に大きなな議論を呼んだこと、そして同時期にクリュンメル原発の周辺において有意に高い小児白血病の発症が認められたため、1997年には小児がん登録が第1回の調査データを更新し1991年から1995年の期間のデータを追加した第2の生態学的調査研究の結果を公表した(相対危険度:1.49)。調査の結論は、「原発から5km以内の5歳未満の子どもの白血病発症率は統計的に有意ではないが高い。しかし15km以内ではがんの発症率が高いという証拠はなくこれ以上の調査は必要ない」というものだった。
 第2研究のデータの扱い方や結果についての外部評価、さらに社会的にもメディアにおいても批判的議論が巻き起こった。そのため研究結果の公表後も、子どものがん発症と原発付近に居住することの間に関連性があるのではないかという議論がドイツでは絶え間なく繰り返され、クリュンメル原発周辺では高率の小児白血病発症も続いていた。

新しい第3の調査研究

 ドイツの脱原発へ歩みは1998年に社民党と緑の党の連立政権を発足させ(~05年まで)、2002年には脱原発法【6】を成立させるなど確実なものとなっていた。このような動きと連動して2001年、放射線防護庁長官の招聘により様々なグループが対等な立場で議論する円卓会議が開催された。この会議において放射線防護庁は、すでに公表されている第1、第2の研究を基本としながらも、科学的批判に堪えうる体系的な第3の調査研究開始を決定し、研究は小児がん登録に委託されることになった。
 研究の開始に先立ってテーマと方法については、複数の専門領域にまたがる12名の専門家で構成される外部検討委員会から、3つの課題が放射線防護庁に提示された。
1) 原子力発電所周辺の5歳以下の子どもにしばしばがんの発症がみられるか。
2) 原子力発電所の立地地点の周辺でがん発症のリスクが増加しているか、それには距離による傾向があるか。
3) 得られた調査結果を説明できるような影響要因(危険因子)が存在するか。
 これらの課題に対応するため、『KiKK研究』は2つの部分に分かれている。第1部は小児がん登録のデータを基にした症例対照研究【7】である。第2部は聞き取り調査(アンケート)付の症例対照研究となっている(図2参照)。一般的にはこのような症例対照研究では、疾病発症の原因についての質問に回答するようにはなっていないが、第2部は第1部で得られた結果を説明できる影響要因を可能な限り明らかにするため、選ばれたグループに対して聞き取り調査が行われた。『KiKK研究』は2003年に開始され、4年間の調査研究作業と5回の外部検討委員会の討議を経て、2007年12月報告書が公表された。以下にその内容を紹介する。

『KiKK研究』報告の概要

 『原子力発電所周辺の小児白血病に関する疫学研究』は、ドイツ連邦放射線防護庁が小児がん登録に委託し実施された。ドイツ国内(旧西ドイツ地域)の16ヶ所の原子力発電所周辺に住む子どもたちに発症した小児がんと小児白血病【8】について、原発サイトから 子どもの居住地までの距離と疾病発症の相関関係が調査された。

【研究デザイン】

 この研究は、生態学的手法で行われた第1、第2の研究に続く、第3の調査研究である。生態学的研究では、集団レベルで疾病と要因との関連が認められても、個人レベルでは必ずしも当てはまらないという問題がある。そのため研究は症例対照法によって行われた。症例対照法はコホート分析【9】と違って相対危険度が算定できないため、リスクの近似値としてオッズ比【10】が推定された。

【調査対象】

 1980年から2003年の間に小児がん登録に登録された5歳の誕生日以前に小児がんを発症した子どもすべてについて調査された。診断時ドイツの16の原発立地地点周辺地域で暮らしていて5歳以下でがんを発症したケースは1592例である。発症していない対照群として、同一の地域に住んでいる子ども4735例が住民登録から無作為に選ばれ、合計6327例が含まれている。

【調査区域】

 調査区域は、ドイツの22基の原子力発電所を含む16立地地点、その周辺の41の郡(自治体)が対象となっている(図1参照)(リンゲン原発とエムスラント原発の距離は2kmで近接しているが2地域と算定)。

【研究方法】

 6327例の子どもすべてについて、原発からの距離は以下のように設定した。がんと診断された日(発症している場合)、あるいは似たような期日(対照群の場合)に住んでいた地域と一番近くに立地する原子力発電所との距離を25メートルの精度で決定した。がんを発症した子供がそれぞれの調査対照群よりも原発の立地地点により近い地域に住んでいるかどうか、ということが比較された。放射線の影響は直接決定できないので、原子力発電所と居住地との距離が援用された。

【結論】

 原発から5km以内で、全小児がん、小児白血病とも他の地域と比べて高い発症率を示している(表1参照)。全小児がんの発症数は77例、オッズ比は1.61(95%信頼区間下限値:1.26)だった。小児白血病は発症数が37例、オッズ比は2.19(95%信頼区間下限値:1.51)となった。これはそれぞれの発症率が1.61倍、2.19倍であることを意味する。表2には、小児白血病全体と、そのうちの急性リンパ性白血病と急性非リンパ性白血病のオッズ比を示した。いずれも5km以内では、統計的に有意に高い発症率であることがわかった。また10km以内でも急性リンパ性白血病のオッズ比は1.34(95%信頼区間下限値:1.05)で、有意に高い発症率である。

【考察】

 ドイツ国内の原発周辺地域、特に5km以内に住む5歳以下の子どもの小児がんと小児白血病の発症リスクが高い、という実態が把握された。しかしどのような生物学的危険因子によってこの関連が説明できるのか、本研究では言及できない。放射線生物学的、放射線疫学的知見に基づいても、通常運転中のドイツの原発から放出される電離放射線は、危険性の原因として解釈することはできない。

終わりに
 ドイツ政府によって実施された『KiKK研究』は、5歳以下の子どもが小児白血病を発症する危険性について、居住地と原子力発電所立地地点の距離が近いほど増加することを初めて科学的に立証した。報告を検討した外部検討委員会は、「研究は科学的検証に耐えうる現時点で世界的に通用する手法で行われた包括的な調査である」と評価している。『KiKK研究』が提起した原発の放出放射能とがん発症の関連については、ドイツ政府(環境省、放射線防護庁)が調査の継続を確認している。今後もその経過と成果を注視したい。

【注】

【1】調査研究の正式な名称は『Epidemiologische Studie zu Kinderkrebs in der Umgebung von Kernkraftwerken 』、略称『KiKK-Studie』。報告書全体は、放射線防護庁の下記サイトから入手可能(ドイツ語)
www.bfs.de/de/bfs/druck/Ufoplan/4334_KIKK.html
(参考文献)
*FAST TRACK Leukaemia in young children living in the vicinity of German nuclear power plants
P Kaatsch, C Spix, R Schulze-Rath, S Schmiedel, M … – Int. J. Cancer, 2008 – infekt.ch
www.infekt.ch/updown/documents/jc/jc_jan08_derungs.pdf

【2】Cook-Mozaffari PJ, Darby SC, Doll R et al.: Geographical variation in mortality from leukaemia and other cancers in England and Wales in relation to proximityto nuclear installation, 1969-78. [ erratum: Br J Cancer 1989 Aug;60(2):270] Br J Cancer 1989; 59: 476-485.
Forman D, Cook-Mozaffari P, Darby S et al.: Cancer near nuclear installations. Nature 1987; 329: 499-505.
これらと関連する論文を紹介した『原子力資料情報室通信』369号12?15ページ、今中哲二論文も参照ください。
cnic.jp/modules/smartsection/item.php?itemid=35

【3】ドイツ小児ガン登録: DEUTSCHES KINDERKREBS
REGISTER (DKKR)
www.kinderkrebsregister.de/

【4】生態学的研究:集団を単位とした要因と疾病の関係を検討する研究。個人レベルではその関係が成立しない錯誤がある。症例対照研究の対象は個人。

【5】相対危険度:危険因子に曝された集団のリスクを曝されていない集団のリスクでわったもの。

【6】2002年に制定された「脱原発法」は、2020年までに原発を全廃することを決定している。

【7】症例対照研究:疾病の原因を過去に遡って探す研究。ある疾病の患者集団(症例群)と疾病に罹患したことがない集団(対照群)を選定し、仮説が設定された要因に曝された者の割合を両群で比較する。

【8】小児がん:15歳以下の子どもにおこる悪性腫瘍。白血病、脳腫瘍、悪性リンパ腫、神経芽腫、ウイルムス腫瘍など。
小児白血病:血液のがんで、急性リンパ性白血病、急性骨髄性白血病などがある。

【9】コホート分析:ある危険因子にさらされた者とそうでない者が将来どのような病気に罹患するか、あるいはどのような病態になるのかを分析・研究する。

【10】オッズ比:結果の数を先に決定する対照研究では発生率が求められないため、相対危険度が計算できない。このような時相対危険度の近似値として用いる。症例発生率/対照発生率


[b]図1 ドイツの原発立地点と『KiKK研究』対象地域[/b]


[b]図2 『KiKK研究』第2部アンケート説明のリーフレット表紙[/b]

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