原子力資料情報室声明:原子力損害の補完的な補償に関する条約(CSC)締結承認と関連2法案についての見解

原子力損害の補完的な補償に関する条約(CSC)締結承認と関連2法案についての見解

 

2014年11月5日

NPO法人原子力資料情報室

 

 原子力損害の補完的な補償に関する条約(CSC)締結承認案と2つの関連法案が10月24日、閣議決定されて衆議院に上程された。

 CSCは、一定水準以上の損害賠償が迅速に行なわれることを目的とする。そこで、各国内の原子力損害賠償制度の責任限度額を1つの原子力事故当たり3億SDR(約500億円)を下回らない額とし、この額を超える損害を締約国が拠出する資金で一定程度補償することとしている。

 CSCに加盟するために必要とされる関連2法案の1つは「原子力損害の補完的な補償に関する条約の実施に伴う原子力損害賠償資金の補助等に関する法律案」で、CSCでは、一定額を超える損害を締約国が拠出する資金で一定程度補償することとしているため、いつでも拠出できるよう、原子力事業者から負担金を徴収する一方、日本国内で事故が発生して原子力事業者が損害賠償を行なう場合の費用の一部を補助するというものだ。

 もう1つは「原子力損害の賠償に関する法律及び原子力損害賠償保障契約に関する法律の一部を改正する法律案」で、CSCと整合させるためにいくつかの改正点がある。

 参加を急ぐ公的な理由は、福島原発の廃炉・汚染水対策を加速するべく米国企業等の参加しやすい環境を整備することとされている。「現在は、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉作業中の事故などで米企業の従業員がけがをした場合、従業員は米国で自分の企業を相手取り、巨額の損害賠償の訴訟を起こすことができる。このため、米企業が参入をためらう面があり、米国が日本にCSC加盟を求めていた。文部科学省などによると、CSCで裁判の管轄権が事故発生国に限られれば、廃炉の経験や独自のロボット技術などを持つ米企業が参入しやすくなり、廃炉の加速が期待できるという」と、読売新聞10月24日夕刊は解説していた。

 しかし、そうした「けが」がCSCの対象になるのだろうか。疑問なしとしない。

 原子力損害賠償法の改正では、損害が「第三者の故意」により生じた場合に、その「第三者」に対して求償権を有するとされている現行法の規定を「損害の発生の原因について責めに任ずべき自然人」に対してと改められ、法人に対して求償できなくなる。それだけ参入企業にとってリスクが減るかもしれないが、それとても原子力事業者が事業者自身、従業員、遺族に対して行なった賠償についてであり、実質的な意味はなさそうだ。

 読売新聞の記事はまた、「賠償責任がその国の電力会社などに限定されれば、日本企業がCSC加盟国に原発を輸出する際、相手国の独自の基準で巨額の賠償責任を課せられるおそれがなくなるという」とも言う。

 しかし、ほとんどの国の国内法でも国際条約でも、メーカーには補償請求はできず、その点でCSC加盟の必要性はない。輸出に役立つとすれば、「大事故が起きても日本などから賠償資金の補助が受けられますよ」と導入を促すことくらいではないか。

 日本の原子力損害賠償法とCSCでは「事故」の定義の仕方がまったく異なっており、CSCでは、原則として事故発生国の裁判所にしか提訴できないので、日本人が被害者となって事故発生国の裁判所に訴えた場合、補償が狭い範囲に限定されるおそれがある。「相手国の独自の基準で巨額の賠償責任を課せられる」とは逆に、補償額も事故発生国の基準で低く抑えられるおそれがある。

 そのため、日本が加害国になることはないという安全神話の下、加盟には消極的だったのではないか。ところが福島事故が起こってみると、日本で発生した事故の海外被害者が海外で裁判を起こし、それこそ「相手国の独自の基準で巨額の賠償責任を課せられる」ことが考えられる。身勝手にも、それを避けるにはCSCに加盟をとなったのだろう。

 そもそもCSC加盟で「一定水準以上の損害賠償が迅速に行なわれる」ことにはならず、福島事故の賠償を見るまでもなく「焼け石に水」にすらならない。それでも余分な出費のつけは電気料金+税として市民にまわってくるのである。

 なお、CSCは附属書の4条において、原子力損害について事業者の責任を有限にすることも可能としている。現在政府で検討されている事業者の有限責任化に、国際ルールという言い方で、CSC加盟が利用される懸念もなしとしない。

以上