原子力委員会・食品照射専門部会報告書案「食品への放射線照射について」-危険性の検証なしに推進方針(『通信』より)

原子力委員会・食品照射専門部会報告書案「食品への放射線照射について」
-危険性の検証なしに推進方針

『原子力資料情報室通信』386号(2006/8/1)より

食品照射ネットワーク代表世話人 里見宏
sih.jp
(※『原子力資料情報室通信』386号掲載時にアドレスが間違っておりました。お詫びのうえ訂正いたします。)

※原子力委員会/食品照射専門部会
aec.jst.go.jp
aec.jst.go.jp/jicst/NC/senmon/syokuhin/index.htm

【食品照射専門部会報告書「食品への放射線照射について(案)」に対する意見募集】
aec.jst.go.jp/jicst/NC/senmon/syokuhin/yotei/kikukai060800.htm

 40年前にさかのぼるが1965年、原子力委員会は「原子炉の多目的利用法の開発」として食品への放射線照射を決めた。具体的には米、小麦、ジャガイモ、タマネギ、ミカン、ウインナソーセージ、水産練り製品(カマボコなど)の7品目が選ばれた。1972年、厚生省はジャガイモの発芽防止に150グレイの照射を許可し、1974年、北海道の士幌農協が照射ジャガイモを市場に出荷した。この照射ジャガイモの出荷について消費者は直前まで知らされていなかった。また、こうした新しい技術は悪用される危険があるが、国はこうした問題を想定していなかった。

 1978年、和光堂の下請け会社が製造するベビーフード原料に最高3万グレイという放射線が照射されていることが発覚し、母親たちを震撼させた。なぜなら、科学技術庁原子力局が進めてきた研究をまとめた「照射食品研究成果報告書」から、照射食品は奇形や体重の減少、卵巣や睾丸の重量の減少、死亡率の増加など大きな問題があることがわかっていたからである。照射食品への反対運動が起き、東京都など各自治体も市場への出荷自粛の申し入れを士幌農協に行なうに至った。

 その後6品目は許可されることなく照射食品は表から消えた状態になっていた。しかし、昨年10月、原子力委員会は『原子力政策大綱』で地球温暖化防止などの勢いを借り、原発だけでなく、食品に放射線をあてることを推進する方針を決めた。放射線利用の「基本的な考え方」として「潜在的な利用者の技術情報や効用と安全性についての理解の不足を解消していくことが重要である」(『原子力政策大綱』39ページ)とした。この消費者の理解不足が照射食品の広がらない原因と決めつけ、現在までに9回の部会と数回の意見の聞き取りを行ない、7月13日に「食品への放射線照射について」という報告書(案)をまとめた。具体的な品目として照射の認可を求めている全国スパイス協会の94品目のスパイスやハーブ、野菜などに照射するというのである。今回の原子力委員会・食品照射専門部会の問題点をいくつか挙げる。

 今回の報告書案の24ページに「照射タマネギの慢性試験における試験動物の奇形発生」と題し「原子力特定研究で実施されたタマネギの亜慢性毒性試験では、その試験の初期において、試験動物のエサに25%(その物質を混ぜた重量パーセント)という大量のタマネギを与えたところ奇形が発生したが、同様な結果が非照射のタマネギでも得られたため、これはタマネギ自体の持つ毒性の影響によると判断された。その後、タマネギの添加量をいくつか変えた試験を実施し、タマネギそのものの影響が出ない2%という量で最終的な試験が実施され、放射線照射したタマネギの慢性試験については問題がないと報告されている」と記述し、照射タマネギで奇形が起きるという指摘をタマネギ自身の問題であるかのように記載した。

 しかし、「亜慢性毒性」という聞きなれない毒性実験をあげているが、催奇形性を確認しながら慢性毒を見るというような実験は「放射線照射による玉ねぎの発芽防止に関する研究成果報告書(資料編)」に存在しない。「研究成果報告書」には慢性毒性試験として、マウスに25%、ラットに2%および25%を添加した実験があるが、妊娠させた報告はない。「マウスを用いた世代試験」で300グレイ照射したタマネギを4%与えた実験と、150グレイ照射したタマネギを2%与えた実験が報告されている。この4%添加した実験で骨格の奇形と卵巣と睾丸の重量が減少していることがわかり、再確認のため2%添加実験が行なわれた。その結果、頚肋(けいろく:頚椎にも肋骨がつく奇形)が非照射群で19.2%、照射群で41.2%出たと報告されている。これは統計的有意差があるが、研究成果報告書は感度の悪い順位和検定では有意差がなかったと安全を主張した経緯がある。

 ほかにも、報告書案p.25に放射線による生成物の2-ドデシルシクロブタノンが遺伝子への傷害と強い発ガン補助性があるという報告に対し「WHOの見解では、長期間の動物実験とエームス試験が陰性という結果を含む、現時点での科学的証拠に基づくと、2-ドデシルシクロブタノンおよび2-アルキルシクロブタノン類は、消費者の健康に危険をもたらすようには見えない」という引用で、安全であるかのようなまとめ方をしている。

 この問題は重要なので少し説明を加える。放射線を照射すると新しい生成物ができる。1998年、ドイツのカールスルーエ連邦栄養研究センターは、照射によりできるシクロブタノン類のひとつである2-ドデシルシクロブタノンをラットに経口投与し、腸管に吸収される16時間後に腸細胞の遺伝子(DNA)を調べたところ、切断という大きな遺伝子傷害が起きると報告した。遺伝子への傷害は発ガンと深い関係がある。ラット6匹を1群とし、3群どれにも発がん物質であるアゾキシメタンを投与した。その上で、1群に2-テトラデセニルシクロブタノン(2-TeCB)、もう1群に2-テトラデシルシクリブタノン(2-TCB)を投与したところ、アゾキシメタンだけを投与された群は6匹中4匹に6ミリ以下の腫瘍が各1個ずつ発見された。分解物を投与した群は6匹中4匹と5匹に腫瘍ができたが、その腫瘍が1固体に複数個(最高5個)でき、それも25ミリ以上もある大きな腫瘍であったことから、シクロブタノン類に強い発ガン促進作用があることが報告された。これについて専門部会はWHOの「消費者の健康に危険をもたらすようには見えない」というまったく科学的でない引用で安全であるとした。こうした重要問題は、国内の公平な研究機関で追試すべきであるのに、それを放棄していることは重大な背信行為である。

 もうひとつp.26の「放射線照射による臭い」として、「食品に放射線を照射すると、臭いが出る場合がある。これは主に肉蛋白構成成分である含硫アミノ酸あるいは脂質に由来するものと考えられている。しかし、これは商品価値の面では問題であるが、健全性の点から見て問題はないと言われている」と記載しているが、誰が問題ないと言っているか引用すらない。現に、シクロブタノン類は照射により脂肪から特異的にできるものであることがわかり、その危険が今指摘されているのに、このような科学的な根拠のないまま安全とする専門部会の非科学な安全という結論を承服するわけにはいかない。

 このような非科学的まとめ方は随所に見られ、ここに記載した例もそうであるが、字句の一部の訂正ですむものではない。この問題は専門部会の公平性と科学性と能力が問われる問題であるが、委員たちはその問題の存在すら知らず原子力委員会の作ったまとめを認める安全弁として使われている。

 7月13日の専門部会を傍聴して、あまりにも専門部会の発言としては非科学的なものがあり驚いた。一例を紹介すると「参考文献の記載は孫引きが多いのでオリジナルなものに書き換えた方がいい」というのである。この報告書案には引用した論文が記されているのだが、引用文献と記載しないで参考文献と記載していることも問題であるが、この報告書案がオリジナルな事実から導かれたのではなく、他者がそれぞれの立場からまとめた見解を使うという非科学的な結論の導き方をしていることである。それをオリジナルなものにあたって報告書案を出したように粉飾しようというのである。

照射食品の安全性は確立されていない

 食品照射専門部会は1980年、国連機関のFAO(食糧農業機関)、IAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機構)の合同専門家会議で「10kGy(1万グレイ)までの照射は問題なし」とした報告を根拠に照射食品を安全としたが、これは次のような作為的操作により作られたものである。日本で行なわれた「放射線照射による馬鈴薯の発芽防止に関する研究成果報告書」には「照射馬鈴薯によると考えられる所見としてラットの3万ラド(300グレイ)及び6万ラド(600グレイ)の照射馬鈴薯添加飼料を与えた雌の体重増加の割合が少なく、6万ラドの照射馬鈴薯添加資料を与えた雌の卵巣重量に変化が認められた。これが照射馬鈴薯摂取によると考えられる所見である」と、1万グレイ以下の300グレイ、600グレイで異常を報告している。これ以外にも報告には、600グレイ照射した飼料を与えられた雄の体重増加率も統計的有意差を持って少なくなっていた。安全の証明どころか危険を示していたのである。このとき150グレイでは異常がなかったとして、ジャガイモへの照射線量が決められたのである。また、「タマネギに関する研究成果報告書」にも、300グレイ照射したタマネギを飼料に4%添加したF3世代までの催奇形性実験で肋軟骨癒合、頸肋があり、卵巣・睾丸の重量が減少していることから、照射量を半分にした150グレイの照射タマネギで添加量を半分の2%に減らした実験が行なわれた。この結果、頸肋の増加が2世代目から確認されている。しかし、照射タマネギは許可申請が行なわれなかったことから、審議されずにきている。

 だが、この実験結果は、1万グレイまでは安全として推進したい国際的な照射食品推進側には打ち消す必要のある重要な問題であった。この日本の実験結果は、1977年に発行されたFAO、IAEA、WHOの合同専門家会議の『テクニカルレポート604』に次のようにまとめられている、ジャガイモで「長期研究で、卵巣の大きさに統計的に有意な変化が見られたが、組織病理学的な異常所見は見られなかった。さらに、マウスおよびラットを使った広範にわたる生殖研究でも、加熱調理した照射ジャガイモの摂取を原因とする異常は見られず、潜在的な変異原性を示すデータも得られなかった」(p.27)と、毒性を否定する形でまとめられた。この実験における卵巣の重量減少は3分の1に及ぶものであり、組織病理学的に細胞に異常がないということなので細胞数の減少と考えざるを得ない問題である。

 また、タマネギに関しても「生殖研究で照射タマネギをマウスに与えると、卵巣および睾丸の重さに統計的に有意な変化が見られたが、組織病理学的な異常所見や生殖への悪影響は見られなかった。従って、これら器官の重量の変化は人間の健康に重大な影響を与えるとは見なされなかった。ただし、今後行なわれるラットを使った長期研究では、卵巣および睾丸の変化に特に注意する必要がある。マウスの生殖研究でF3世代に肋軟骨の融合が見られたが、コントロール群の数が少なすぎ、また実験に使われた特定のマウスの種でこの現象が自然に発生する率について十分な情報が得られなかったことから、有意と見なされなかった。繰り返し行なわれた実験では、3世代いずれでも、このような異常は見られなかった。毒性データでは、照射タマネギの摂取による健康への悪影響は示されていない」(p.29)と、奇形がなくなり、日本で出された報告をまったく否定する内容が報告されていた。このときの会議のまとめが1980年の専門家会議の1万グレイまでの照射を認めるための重大な伏線になっており、日本のデータに勝手な解釈とウソを報告した問題は重大である。この会議に出席した松山晃氏(当時、理化学研究所)や日本食品照射研究協議会メンバーの責任は重い。こうした問題を再確認することなく、専門家会議の意見を安全の根拠として、照射食品を推進することは大きな誤りである。

 また、この1977年報告書には、「今後の課題」として照射のためにできる新しい生成物の毒性を調べるようにとしているが、1980年にはこれを無視する形で安全であるという結論が導かれている。この科学的な問題指摘を放置したため、現在、照射生成物である2-ドデシルシクロブタノンなど新しい問題を抱えることになっている。こうした問題に科学的に答えることが国民への責任でもあるが、原子力委員会は独自の実験をすることもなく、他国の評価で都合のよいものを援用するだけである。これでは国民の信頼を得られるものではない。

○食品照射専門部会は2005年12月14日、06年1月25日、2月17日、3月13日、4月19日、5月16日、6月28日、7月13日に開催され、その間姫路と東京で市民参加懇談会が開かれた。また、8月に東京(7日午後)と大阪(9日午後)でご意見を聞く会が予定されている。
○日本では食品衛生法で食品への放射線照射は禁止されている(食品衛生法第11条「食品を製造し、又は加工する場合は、食品に放射線を照射してはならない」昭和34年12月厚生省告示第370号)。
例外規定で異物混入の検査と食品の厚み確認のために0.1グレイ以下の照射と、ジャガイモの発芽防止のために150グレイが認められている。
○2000年12月4日、全日本スパイス協会は厚生省に香辛料やハーブ、野菜など94種類への放射線照射を認可するように申し入れていたが、厚労省は照射を認めなかった。その後、食品安全委員会がその審議を行なうことになった。
○1968年7月、アメリカでは、米国陸軍が申請していた照射ハムとすでに5年前に軍に許可がおりていた照射ベーコンが申請却下と許可取消しというFDA(食品医薬品局)の決定を受けた。米国は照射食品を軍隊の必要性を満たすために開発した。
○日本における動物実験からも照射食品の危険性が指摘される。
照射ジャガイモのラットによる実験データからは、栄養成分からの問題(ビタミン減少、盲腸肥大)、慢性毒性試験は、①体重増加率の悪化 ②卵巣の異常 ③死亡率の高さを示している。マウスによる慢性毒性実験からは、①体重を抑制する物質もしくは栄養にならない、もしくは栄養吸収を妨げる物質ができている可能性がある ②卵巣については、データが欠落しているという問題がある。次世代試験からは妊娠率の低下、離乳期までの3週間の死亡率にも異常を疑わせる結果がでている。しかし、最終まとめでは、照射による影響は認められなかったと問題点が切り捨てられている。サル2匹による短期毒性試験からも、甲状腺の重量減少、腎臓と膵臓の重量増加の問題がある。

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