六ヶ所村再処理工場で起こった作業員の内部被曝について

六ヶ所村再処理工場で起こった作業員の内部被ばくについて

古川路明(理事)

1.2006年5月の事故

再処理工場の分析建屋で、作業員の内部被ばく事故が起こった。2006年5月25日、日本原燃は「再処理工場分析建屋における微量の放射性物質の体内への取込みについて」(文書1)を公表し、後に「再処理工場分析建屋における微量の放射性物質の体内への取込みについて(調査結果と今後の対応)」(文書2)をホ?ムページに載せている。

この二つの文書によると、汚染事故のあらましは次の通りである。

再処理工場分析建屋で、協力会社社員が放射能汚染を受けた。5月22日に管理区域用被服を洗濯する前に、被服の右胸部に汚染(最大でアルファ線放出放射能:1.5ベクレル/cm^2、ベータ線放出放射能:0.17ベクレル/cm^2)が発見された。
その服を着ていた作業員の排泄物に含まれる放射能を測定する「バイオアッセイ」をおこなったところ、微量放射能の体内摂取が認められた。この作業員は、5月19日から20日に放射性分析試料をグローブボックスとフードで取扱う作業で放射能を取り込んだと考えられ、預託実効線量は約0.01ミリシ?ベルト(暫定値)と推定された。この線量は、法令で定める年線量限度(50ミリシ?ベルト)の約5千分の1に相当するレベルで、健康上の影響はないとしている。
事故の原因は、グローブボックスからフードへ放射性試料を取り出した後の取扱いで、二重に着けていたゴム手袋の一重目の手袋に放射能が付着し、汚染防止のためのエプロンを取外したときに体内に取込んだ可能性が高いと判断している。

2.2006年6月の事故

驚くべきことに、同じような被ばく事故が再発した。6月24日、同社は「再処理工場分析建屋における作業員の内部被ばくについて」(文書3)を公表した。この文書に基づくと、汚染事故のあらましは次の通りである。

6月24日、再処理工場分析建屋で、試料の分析作業をおこなっていた協力会社作業員1名が内部被ばくしたことがわかった。鼻の中の放射能を採取し、体内摂取の有無を推定する「鼻スミヤ」によって被ばくが確認された。全身カウンタ、肺モニタによる測定の結果、放射能は検出されなかった。医師による診断の結果、異常がないことを確認している。被ばく線量は、排泄物に含まれる放射能を測定するのに時間を要するので、評価結果が判明するのは1週間から10日後の予定である。他の作業者の被ばく、周辺環境への放射能の影響、他設備への影響はないとのことである。

3.事故についての考察

放射化学分析の現場を知る者として、特に5月の事故について意見を述べてみたい。

1)内部被ばくの重要性

放射能が体内に入れば、特定の場所が放射線被ばくを受ける。この内部被ばくの評価は難しく、特にアルファ線を放出する放射能の体内取り込みは避けねばならない。内部被ばく防止は放射能を取り扱うときに真っ先に考えるべきであり、今回の事故が重大な事故になる可能性を強調しておきたい。

2) 内部被ばくの評価と問題点

体内に入っている放射能の量を知ることはやさしくない。ガンマ線を放出する放射能については、全身カウンタによって信頼できる結果が得られるが、アルファ線やベータ線のみを放出する放射能についてはそうはいかない。「鼻スミヤ」は内部被ばくが起こったことを知るための手軽な手段である。肺の中のプルトニウムなどからの放射線を測定するには「肺モニタ」が役立つが、得られる結果が非常に信頼できるとは思えない。「バイオアッセイ」は最後の手段である。試料の分析に多大な労力と豊富な経験を要し、結果が出るまでに時間もかかる。正確な分析値が出ても、その値から被ばく線量を得るには、ある手順を経ねばならず、しかも得られた線量の誤差は非常に大きいと予測できる。時には、真の線量の10分の1よりはるかに低い線量が公表される恐れもある。

5月の被ばくについては、被ばく直後の排泄物試料の採取はおこなわれていなかったはずである。より信頼できる線量が得られる機会は失われている。約0.01ミリシ?ベルトという実効線量が公表されているが、この線量は信頼できない値であって、被ばくを受けた作業員の排泄物の採取とその分析および健康診断は長期にわたって続けるべきである。6月の被ばくについて日本原燃がやや慎重な態度を取っているようにみえるのは当然のことである。

3)作業員に対する教育訓練が不足

法令に定める教育訓練はおこなわれていたであろうが、日本原燃はその内容についての記録を公開すべきである。事故の起き方をみると、この作業員は作業についての知識も経験も乏しかったようにみえる。同社も教育訓練の不足を認めているが、反省はなお不足であり、適切な対応をしているとはいえない。

自動的に工程が進み、ディスプレイの上で作業の進行を見守っていればよいこともあろうが、ここで問題になっている作業はそうではない。手作業の部分が多く、作業を進めるには十分な訓練が必要である。初心者に経験者が付き添って作業を見ているくらいの配慮が必要である。大変ではあるが、それが真の教育である。そこが十分でなかったのではないか。

4)事故の実態が明らかでない

どのような放射能についてどのような操作をし、どのように汚染が起こったのか、はっきりしない。汚染した放射能にはアルファ線を放出する放射能が多いとされているが、その主なものはウラン、プルトニウムとアメリシウムであろう。プルトニウムを含む溶液を取り扱っていたならば、それを明示して欲しい。文書1には「グローブボックスおよびフード」で作業していて汚染が起こったとされているが、文書2によるとグローブボックス内で外側が汚染された「試料皿」をフードに移したときに試料皿に付着していた放射能で手袋が汚染したことになる。腑に落ちない説明である。

二重に手袋を着けて作業したとある。作業はしにくくなるが、汚染を避けるには適当な措置である。問題は、手袋の取り外しである。汚染の可能性が高い外側の手袋をはずす時の手順を考えてみる。左の外側の手袋を右の外側の手袋ではずした後、右の外側の手袋をどのようにはずすか。汚染していない左の内側の手袋を、右の外側の手袋の内側に入れれば簡単に取り外せる。他にも、ポリエチレンシートで裏打ちされたろ紙を利用するなどの適当な方法が考えられる。前もって練習していれば何のことはない操作である。今回はこの簡単なことができていなかった。

試料皿がどんなものか、使用目的・大きさ・材質、何もわからない。推測に基づいて評価せざるを得ない。ふつうに考えれば、試料皿は放射能測定または他の分析法のための試料を入れる容器である。そうであれば、外側の汚染がないように気を配るはずである。放射線を測定するときに、測定器を汚染させてはいけない。

そもそもなぜ外側が汚染したのか。グローブボックスの中がひどく汚染されていたかも知れない。そうであれば、汚染を除去しない限り作業を続けてはいけない。

5)内部被ばくが起こった経過

手袋が汚れていても、放射能が体内に入る訳ではない。「被服の右胸部に汚染(最大でα:1.5Bq/cm^2、β:0.17Bq/cm^2)が確認」されたとあるが、このような放射能量の表し方では作業着に付着していた放射能の全量がわからない。判断の基になる情報が欠けている。

どのような経過を経て放射能が体内に入ったか。この作業では、揮発性の放射性化合物は生じないので、溶液または粉末による汚染が体内への取り込みをもたらしたのであろう。マスクをしていれば、鼻や口に放射能が入ることは防げるが、今度の事故ではもっと根本的な点で問題があったと思う。

汚染された手袋で顔面に触れたことさえ否定できない。そんなことをしてはならないのは当然である。

6)「協力会社」の役割

内部被ばくを受けたのは協力会社社員であった。協力会社というのは下請会社であろう。アクティヴ試験以後のトラブルでは、協力会社社員の関与が目立っている。再処理工場では、日本原燃社員と協力会社社員の数がほぼ等しく、協力会社社員の勤務条件はよりきびしいと伝えられている。作業のきびしさのしわ寄せが協力会社社員に向けられているのではないだろうか。

朝日新聞(6月25日朝刊)によると、6月の事故で被ばくされたのは19歳の協力会社社員であった。これは象徴的なことである。以前の法令では、准看護婦を除く18歳以下の人には放射線作業をさせてはいけないという意味の条文があった。若い社員に放射線作業をさせてはいけない。私が管理者ならば、このような若い人にこの作業はさせない。

7)日本原燃の対応

5月の事故後、日本原燃は対策をとることとした。その内容は次の通りである。

フード作業についての手順書の改訂、社員・協力会社員の分析員の教育訓練、グローブボックス内に放射線検出器を設置、グローブボックス外へ試料皿を移す前に試料皿裏面の検査、フード作業終了時の補助作業者による身体(被服)の汚染検査の徹底などである。放射能を扱うフード作業時には、上記の対策が定着するまで半面マスクを着用するともある。

どうみても今度の事故に対するその場しのぎの対応である。放射線作業についての基本的な問題を考えているとは思えない。6月の事故の発生が、それをはっきりと示している。

8)今後のために

日本原燃は「本事象は、トラブル情報に該当するものではありません。」と述べている。私には、ことの重大さを理解していないか、問題を過小評価しようとする態度にみえる。1995年12月に起こった[もんじゅ事故]以来であるが、事象という意味不明の言葉が使われている。死語といってもよいこの言葉を持ち出している点にも、同社の不謹慎な態度があらわれている。

再処理工場では、施設の設計と施工に問題が多いことはすでに指摘されている。今度の事故では、人事面でも大きな問題がある様子が明らかとなった。見方によっては、これがもっとも重要である。現場で働いている人を大切にしなければ、企業はまともに運営できない。

汚染を受けた作業員に責任をかぶせてはいけない。社長以下の同社上層部が責任を取らなければならない。そのようにできないならば、再処理事業に未来はないと私は考えている。

【文書1】「再処理工場分析建屋における微量の放射性物質の体内への取込みについて」
www.jnfl.co.jp/daily-stat/topics/060525-recycle-01.html

「再処理工場分析建屋において、試料の分析作業を行っていた協力会社作業員が、微量の放射性物質(預託実効線量※1で約0.01mSv(暫定値))を体内に摂取していたことが、本日、確認されました。
5月22日に管理区域用被服を洗濯する前のサーベイを実施していたところ、被服の右胸部に汚染(最大でα:1.5Bq/cm^2、β:0.17Bq/cm^2)が確認されました。
このため、当該服を着用していた作業員について、バイオアッセイ法※2により体内への放射性物質の摂取の有無を調べたところ、微量の放射性物質を体内に摂取していたことが確認されたものです。
当該作業員は、5月19日から20日にかけて放射性分析試料をグローブボックスおよびフード※3で取扱う作業等で摂取したものと考えています。
なお、体内に摂取した放射性物質による預託実効線量は、法令で定める年線量限度(50mSv)の約5000分の1に相当するレベル※4であり、健康上影響はありません。
※1 預託実効線量:体内摂取した放射性物質から摂取後50年間に被ばくする実効線量を摂取時点で被ばくしたものとして評価した実効線量
※2 バイオアッセイ法:代謝機能により人体から排泄される尿、糞等に含まれる放射性物質を測定することにより、摂取された全放射性物質の量を推定する方法
※3 フード:放射性物質や化学薬品を取扱う際に、取扱い物質を拡散させないために使用する局所排気装置を有する箱型装置
※4 胸部レントゲン撮影により被ばくする線量の約5分の1であり、被ばく歴に記録するレベル(記録レベル:2mSv)よりも十分低い。
以上

【文書2】「再処理工場分析建屋における微量の放射性物質の体内への取込みについて(調査結果と今後の対応)」
www.jnfl.co.jp/daily-stat/topics/060609-recycle-01.html

「再処理工場分析建屋において、試料の分析作業を行っていた協力会社作業員が、微量の放射性物質を体内へ取込んだ件(5月25日公表)につきまして、調査の結果、原因はフード※1での放射性物質の分析試料の取扱い作業において、放射性物質が二重に着用しているゴム手袋の一重目の手袋に付着し、汚染防止のためのエプロンの取外しに伴い体内に取込んだ可能性が高いと判断いたしました。
このため、以下の対策を行うこととし、その内容を徹底するため、フード作業についての手順書の改訂、社員および協力会社の分析員の教育・訓練を実施することといたしました。

・放射性物質の分析試料取扱い作業において、グローブボックス内に放射線検出器を設置し、エアロック※2へ試料皿を移動する前に試料皿裏面を検査し、放射性物質がエアロックおよびフードへ極力移行しないよう管理する。
・二重に着用しているゴム手袋のうち、汚染の可能性のある二重目のゴム手袋を廃棄するため、専用の開口部の広い廃棄容器をフード内に新たに設置する。
・フード作業終了時の補助作業者による身体(被服)の汚染検査を徹底する。
・放射性物質を扱うフード作業時には、上記対策が定着するまでの間、半面マスクを着用する。

また、バイオアッセイ※3測定結果により、当該作業員が体内へ取込んだ放射性物質からの預託実効線量※4は、0.014mSvと確定しました。この値は、法令で定める年線量限度(50mSv)より十分低いレベル※5です。

類似事例:アクティブ試験において発生が予想されるトラブル等事例集No.6-06,6-21
※1 フード:(前出、省略)
※2 エアロック:圧力の異なる場所の間に2枚の扉を設け、扉は片方ずつ開くようにすることで、物を移動する際に両空間が直接つながらないようにして、空気の流れを抑制するもの
※3 バイオアッセイ法:(前出、省略)
※4 預託実効線量:体内に取込んだ放射性物質から取込み後50年間に被ばくする実効線量を取込み時点で被ばくしたものとして評価した実効線量
※5 胸部レントゲン撮影により被ばくする線量(約0.05 mSv)より低い値であり、また、被ばく歴に記録するレベル(記録レベル:2mSv)よりも十分低い。
(概要図参照)
以上
○本事象は、トラブル情報に該当するものではありません。」

【文書3】「再処理工場分析建屋における作業員の内部被ばくについて」
平成18年6月24日
www.jnfl.co.jp/press/pressj2006/pr060624-1.html

「本日、13時33分、再処理工場分析建屋において、試料の分析作業を行っていた協力会社作業員1名に対して、内部被ばくした可能性があるため、鼻スミヤ※1を実施した結果、有意な量の放射性物質を取り込んだおそれがあると判断しました。
全身カウンタ※2および肺モニタ※3による測定の結果、放射能は検出されませんでした。また、医師による診断の結果、異常がないことを確認しております。
詳細な被ばく線量は、バイオアッセイ※4による評価をするため、評価結果が判明するのは1週間から10日後の予定です。
なお、本事象による、他の作業者の被ばく、周辺環境への放射能の影響、他設備への影響はありません。

※1 鼻スミヤ:鼻腔内の放射性物質を採取し、体内摂取の有無を推定する。
※2 全身カウンタ:体内に取り込んだ放射性物質からのガンマ線を測定する装置。
※3 肺モニタ:肺に取り込んだプルトニウムなどからの放射線を測定する装置。
※4 バイオアッセイ:(前出、省略)。」