[もんじゅ]行政を救うだけの最高裁判決 「蒸気発生器伝熱管破損事故」、「炉心崩壊事故」を中心に

行政を救うだけの最高裁判決
-「蒸気発生器伝熱管破損事故」、「炉心崩壊事故」を中心に-

元京都大学原子炉実験所 小林圭二

『原子力資料情報室通信』373号(2005.7.1)より

■もんじゅ裁判は情報取得の闘い

 最高裁判決の根源的な誤りを明快に説明された吉川健司弁護士の前論文につづき、ここでは、「蒸気発生器伝熱管破損事故」と「炉心崩壊事故」について、簡単な解説と最高裁判決の問題点を指摘する。
 「蒸気発生器伝熱管破損事故」と「炉心崩壊事故」は、高裁で争われた4つの争点のうち、高裁判決で「2次冷却材ナトリウム漏えい事故」とともに原告側の主張が認められた2点である。そこに到るまでの過程は、動燃(現核燃料サイクル開発機構)や国、原子力界が秘匿する膨大な情報の公開を求める闘いだった。
 原告は、その中から、安全上重要な科学技術的事実が安全審査で審査されていなかった事実を発見した。「蒸気発生器伝熱管破損事故」では、「高温ラプチャ」という現象が審査されていなかった。「蒸気発生器伝熱管破損事故」は、「評価の考え方」で「設計基準事故」として例示されている。1987年、英国の高速増殖原型炉PFRで多数本の蒸気発生器伝熱管破断事故が起こり、その規模は「設計基準事故」の想定を一桁上回るものだった。しかし、この事故は、日本はもとより世界の原子力界によって、数年間にわたり隠されていたのである。
 「炉心崩壊事故」については、その用語さえ、一審の途中まで目にしたことがなかった。拙著『高速増殖炉もんじゅ-巨大核技術の夢と現実』(七つ森書館)は1994年2月に上梓されたが、その中に「炉心崩壊事故」の用語は1度も登場しない。用語を知った後も研究の現状や方法がほとんどわからなかった。研究が被控訴人の動燃内に限られ、その成果が公開されていなかったからである。やむなくドイツへ出かけ、協力してくれる研究者の教示を受けた。その結果、もんじゅの「炉心崩壊事故」に関する安全審査には、最も大事な「遷移過程」の検討が抜けていることがわかった。そうした努力が高裁の判決となって実を結んだと思っている。

■蒸気発生器伝熱管破損事故

 原子力で発電するには、最終的に水蒸気を作らなければならない。水蒸気を作るため、加圧水型軽水炉のように、もんじゅにも蒸気発生器が設けられる。ただ、もんじゅは、ほぼ同じ構造をもつ2つの機器(材質が違う)、蒸発器と過熱器で構成されている。蒸発器で水を水蒸気にし、その水蒸気を過熱器がさらに高温にする。ここでは両者あわせて蒸気発生器と呼ぶことにする。
 蒸気発生器では、高温のナトリウムから水へ、伝熱管(細く長い金属管)の管壁をとおして熱が伝達される。よく知られているように、ナトリウムと水が触れると爆発的に反応する。もし伝熱管が破損し穴が開けば、水または水蒸気がナトリウム中に噴出し衝撃圧と熱が発生、つづいて水素と苛性ソ-ダを生じる。水素は蒸気発生器や冷却系配管を高圧にし、苛性ソ-ダは金属を腐食する。熱は周辺を高温にする。こうしたことが蒸気発生器や配管に悪影響を与えるが、なかでも隣接する他の伝熱管が破損される恐れがある。他の伝熱管が破損すれば、ナトリウム・水反応の拡大によって破損する伝熱管は増加し、蒸気発生器や配管への脅威はさらに高まる。このように、高速増殖炉では伝熱管の破損が伝播拡大することが、軽水炉の伝熱管破損事故と根本的に違う点である。
 高速増殖炉で蒸気発生器の「設計基準事故」を評価するとき、破損する本数を何本まで想定すればいいかが評価条件の最大のポイントである。もんじゅの安全審査では、最初の1本を含む合計4本の伝熱管がギロチン破断する場合と想定され、それに相当する水の噴出量が解析の条件とされた。それは、模擬実験で観測された最多伝播本数が2本であったことを根拠に、それに保守性を持たせるため1本加えたものとされている。
 しかし、英国の事故では8秒間に40本がギロチン級の破断をした。これは「設計基準事故」で想定した数の10倍にのぼる。予想外だった理由は、破損を伝播させるメカニズムが違っていたからだとわかった。模擬実験では、破損伝播の支配的メカニズムは「ウェステ-ジ効果」(苛性ソ-ダによる腐食とその噴射による研削との相互作用)だとされてきた。PFR事故はウェステ-ジではなく、「高温ラプチャ」だった。「高温ラプチャ」とは、ナトリウム・水反応の発熱で伝熱管が高温になり、強度が低下して内圧に抗しきれず破裂する現象である。金属類は数百度を境に、温度が高くなるにつれ強度が急速に低下するからである。「ウェステ-ジ」に比べ、「高温ラプチャ」は桁違いに大規模な伝熱管破断の伝播をもたらすことが、現実の事故によって明らかになった。もし「高温ラプチャ」を想定して事故評価をやり直せば、「評価の考え方」が示した基準を満たさない可能性がある。中間熱交換器(1次冷却材ナトリウムから2次冷却材ナトリウムへ熱だけ伝達し、放射性物質の流入は遮る機器)にかかる圧力はずっと高くなり、中間熱交換器が破損するかもしれない。中間熱交換器の伝熱管が破損すると、強い放射能を持つ1次冷却材ナトリウムが漏えいしたり、炉心に水素などが流れ込む恐れもある。その重大な「高温ラプチャ」が安全審査で看過されていた。高裁は、これを行政手続き上の重大な欠落として認めたのである。
 伝熱管が破れナトリウム・水反応が起こったとき、事故の拡大を防ぐには蒸気発生器への水の流入を停め、伝熱管内から水や水蒸気を急いで排出する必要がある。それを急速ブロ-という。急速ブロ-は検知器が発する水漏えい信号で作動するが、安全審査では、圧力開放板の作動信号により作動する条件で解析された。しかし、最高裁判決が確認された事実として挙げたように、この条件では「高温ラプチャ」の発生は防げないことが、のちの解析で明らかになった。核燃料サイクル開発機構はやむなく設置変更許可を申請した。ガバ-ガス圧力計(水素の発生による蒸気発生器内の圧力上昇によって伝熱管破損を検知)を安全上重要な機器に格上げし、重要機器としての基準を満たすため、それを増設する改善策である。設置変更は安全審査を経て許可されたが、このことは、とりもなおさず以前の安全審査に誤りがあった証左に他ならない。
 ところが、最高裁は、安全審査が「高温ラプチャ」を看過したか否かについていっさい明示しなかった。そのかわり、“設計どおりの操作が進めば、その発生の抑止効果を相当程度期待することができる”と述べ、最高裁自身で科学技術上の専門的判断を行なうというル-ル違反までして国を救済した。その根拠も、「設計基準事故」の解析で期待されていなかったカバ-ガス圧力計はもとより、運転員の判断と手動操作に頼るナトリウム中水素計にまで絶対的な信頼を置くという、申請者も卒倒するような判断を行なったのである。
 先述のように、この事故は長いこと隠されていた。原告が知ったのは約3年後、本誌193号(1990年8月)に投稿された匿名の内部告発論文だった。世界中の原子力学会・業界誌がその後も隠し続け、公式に紹介されたのは、前にも後にも、1992年英国原子力学会誌ただ1つである。やがて我々は、動燃自体が事故前の安全審査中に「高温ラプチャ」の実験を密かにやり、模擬伝熱管25本が破損していたことを探り出した。その結果は国へも報告されていなかった。事故後まもなく、技術者が英国へ調査に出張したこともわかった。実験報告書や出張報告書の開示要求が種々の手段を使って行なわれ、一審の結審間際にようやく入手することができたのである。

■炉心崩壊事故

 高速増殖炉の炉心には、軽水炉にない危険な性質がいくつかある。代表的な2点を上げると、チェルノブイリ原発と同じように冷却材が沸騰すると核分裂反応が盛んになることと、燃料棒が互いに近づいたり合体したりすると、やはり核分裂反応が盛んになることである。たとえば、停電で冷却材循環ポンプが停まると冷却材ナトリウムの温度が上がり始める。原子炉を停止させなければナトリウムは沸騰し、出力の上昇により炉心の温度は上昇、やがて燃料が溶融する。燃料が溶融し互いに合体(炉心崩壊)すると核分裂反応はさらに盛んになり、悪ければ核的爆発が起こる。放射性物質(死の灰)の放出につながる。以上が、もんじゅの安全審査で取り上げられた炉心崩壊事故のうち、最も影響の大きな「1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事故」のあらすじである。このように、炉心崩壊とは、高速増殖炉の危険性の特異さとその潜在力の大きさを象徴する事態である。
 ところで、上記の経路は、ポンプの停止とそのあとの原子炉停止の失敗という2つのトラブルの重なりを考えている。したがって、「評価の考え方」では、「事故(設計基準事故)より発生頻度は低いが結果が重大であると想定される事象」とされている。しかし、「高速増殖炉の運転実績が僅少である」から、「起因となる事象」や「事象経過」について十分に評価し、「放射性物質の放散が適切に抑制されること」を確認しなさいと要求している。原告は、安全審査が「事象経過」について十分審査せず、最も重要な「事象経過」の審査を看過・欠落させたと主張し、高裁はそれを重大な違法事実として認定した。
 炉心崩壊事故は、いくつかの特異な危険性が複雑に関与するうえ、現実の実験が不可能なため、事故の態様が必ずしもわかっていない。多くの経路が推定でき、どれが可能性が高いか定かでない。上記のような単一のシナリオを確定的に描くことはできないのである。その中で、当時もその後の知見でも、比較的可能性が高いと推定されている経路がある。それは、もんじゅで選定された、「起因過程」で炉心崩壊が一気に進み即発臨界となり核的爆発に到る経路ではなく、「起因過程」では炉心崩壊が徐々に進行し、溶融炉心のプ-ルが形成されていく「遷移過程」へ移行する経路である。最悪のケ-スでは、遅発臨界を繰り返しながら徐々にプ-ル領域を拡大し、最終的に全炉心規模の沸騰プ-ルが形成され、即発臨界となり核爆発を起こす。その結果、どの経路より大きい破壊エネルギ-を放出する。炉心崩壊事故の評価における「遷移過程」の重要性は極めて大きく、「遷移過程」抜きの炉心崩壊事故評価など無意味なのだ。
 ところが、安全審査で「遷移過程」は審査されなかった。審査を担当した斉藤、秋山両委員の証言でもはっきりしている。しかし、最高裁判決は、“安全審査において、遷移過程の事象推移についての評価を欠くと解するのは相当ではない”として高裁の判断を破棄した。その理由に、“海外の評価例、関連する実験研究等を調査”したという抽象的記述と、シミュレ-ション・コ-ドSIMMER-IIによる動燃の計算が挙げられている。まず、海外の評価例調査だが、米国では規制当局自身が「遷移過程」を解析評価し、ドイツでは推進、反対両グル-プに資金提供され、「遷移過程」の解析合戦が繰り広げられるなど、当時の海外では「遷移過程」の評価が積極的に実施されていた。それが日本の安全審査に反映されていない。実験面では、当時も今も部分的現象を模擬した小規模実験以外なく、「遷移過程」自体を推定できる実験研究は皆無に近い。一方、SIMMER-IIによる計算は安全審査とは関係なく、動燃が独自に実施したものである。しかも、動燃自身は精度に乏しいとして正式の評価手段に採用しなかった。ついでながら、SIMMERコ-ドは、その後の改良型も含め非公開であり、動燃内のごく一部の研究者以外使うことができない。学会で研究者間の検証にもさらされておらず、信頼性を知るすべがない。最高裁は、関係のないことまで勝手に持ち出して虚偽の“事実”を創作し、安全審査が「遷移過程」を評価した証拠を偽造したのである。
 炉心崩壊事故でも情報は秘匿された。動燃は、事故時の放出エネルギ-として380MJ(メガジュール)が最大だという計算結果を示し、耐衝撃計算には余裕をもたせ500MJを採用した。しかし、その陰には、992MJという結果を出した別のケ-スが秘匿されていた。原告はこの秘匿資料を入手するとともに、米国高速増殖原型炉クリンチリバ-では1200MJで、ドイツのSNR-300では925~1110MJ(いずれも大気圧までの等エントロピ-膨張による仕事量)で評価を求められた事実と比較し、安全審査の不当を指摘した(高裁もそれを認めた)。
 しかし、最高裁は、“本件原子炉と規模、構造等が異なる”との理由で“本件安全審査を不合理なものということはできない”とし高裁の判断を破棄した。クリンチリバ-炉の規模(熱出力)はたかだかもんじゅの約1.36倍、SNR-300はわずか1.07倍にすぎず構造も極めて類似している。一方、放出エネルギ-値の違いは2倍からそれ以上大きく、規模等を理由にした最高裁の判断に根拠がないことは明らかである。
 最高裁は手続きの欠落を裁く法的役割を棄て、科学技術上の専門家になりかわり、原告側の主張をいっさい切り捨て国側の主張のみ一方的に採用し、高裁で認定されていない新“事実”まで創出して高裁の判決を覆した。行政追随ぶりの露骨さもここに極まれりである。

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